読書日記「百年の孤独」
先日懇意にしていた方が新規開店した店に行って気分よく食事をしていたところ、一人で来た客がいろいろと店に注文をつけだした。
あそこのスペースはこうした方がいいとか、その棚はこうしろとか、まあいろいろという。
そんなに気に入らないなら食べに行かなければいいのだ。
新規開店をするということは、その主人は自分の店をああしたい、こうしたいと考えて工夫して開店しているはずであり、自分なりの工夫をしたいところであろうし、すでにしているであろう。聞かれて答えるならまだしも、聞いてもいないのにしたり顔で指摘しているのである。
だいたいこうした輩にろくな人物はいない。
自分の感性に100パーセント合う店など中々ないし、少し合わないからといって自分好みに指摘することほど傲慢なことはないであろう。
その人はくどくどと指摘して帰っていったが、居る間は酒がまずかった。
私も聞かれたら自分の経験の範囲で思いついたことを言わせてもらうことはあるが、それも「自分の考え」として言うのであり、「こうしないとダメ」とはいわない。
また、料理店においては様々な店側のもてなす工夫があるのであり、「こうあるべき」というのは一定レベルを超えるとむしろないと言ってもいいのではないかと思ったりするのである。
知ったかぶりをして、こういうことを言うと周囲の客からは馬鹿にされるか、うとましい客と思われるのがオチである。
自分の知識をひけらかすほど自らをおとしめることはない。
本当に知っている人は、そうそう口を開かないものなのであるし、こうしないとダメというのを押しつけたりしないものである。
また、中途半端な経験だと、聞かれない限り口を開かない方がいいというのも私が感じていることである。
もちろん、私は中途半端であることが分かっているので、そうした分野には聞かれない限り口を挟まない。
弁護士の業務についてはプロであるので、自信を持って答えられるが、それ以外では素人なのである。