読書日記「百年の孤独」
学生時代は家庭教師のバイトのほか、業務用の冷蔵庫とかクーラーの据え付けのバイトをしていた。上だけ作業服を着て、遠い親戚がやっているところで一日一万円でバイトをしていたのである。
重い荷物を運ぶのを手伝ったり、道具をとったりだが、家庭用クーラーくらいなら道具があればある程度据え付けられるくらいにはなっていた。もはやその頃の知識はなくなったが。
一緒に廻っていたオジサンが、「こいつ京大の法学部やねん」と言ってくれるのだが、冷蔵庫の据え付けに行くのは飲食店なので、学籍にはさほど興味を示されず、無視されることが多かった。
ある時、寿司屋でオジサンがそういうことをいうと、寿司屋の大将に、「おまえ、京大いうだけで飯が食えるんか」と怒鳴られた。
まあその一言もショックであったが、今にして思えば、この寿司屋の大将も大変大人げない人であったように思う。
当時はバブル真っ盛りで、寿司屋が儲かっていたから、余計鼻息も荒かったのであろう。
大学を出ただけでは飯が食えないというのは真実であり、怒鳴られたことで得たこともある。
アルバイト先のおじさんからは商売上のいろんなことも教えて貰ったし、それが事務所経営をしている中で役立っていることもある。
このおじさんは、酒が好きで、酔っぱらっい運転の末、高速の料金所つっこんで車を廃車にしたり、無茶苦茶であった。
このおじさんはスナックが好きで、よく飲みにも行って歌を歌っていたので、私のカラオケ人生は結構長いということにもなる。今はカラオケボックスがあちこちにあるが、当時は歌を歌うところはスナックくらいしかなかったのである。
酒が好きすぎて体を壊され、50前後で亡くなってしまったのが残念である。
学生時代に家庭教師以外のアルバイトを多少しておくというのは後の人生のことを考えると役立つかもしれないとも思ったり時々する。