勾引

中隆志

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勤務弁護士の頃、忙しいが私自身の弁護士のあり方として、国選刑事弁護はやるべきであるという考えがあったので、被告人に面会に行く時間が取れず、在宅の刑事をいくつかすることが多かった時があった。

 しかし、ある時、在宅の刑事事件で、自宅に電話しても出ず、ようやく電話がつながったかと思えば、家族に伝言を頼んで連絡を貰っても連絡がなく、配達証明で打ち合わせの日時を通知するも連絡がなく、とうとう刑事の公判の第一回期日を迎えた。事前に検察官にも裁判所にも事情は説明してあったので、少し先に日を入れて、私の方で連絡を取る努力をすることになった。

 しかし、その間も、何回も連絡を取る努力をしたが、結局次の裁判までにも連絡が取れなかった。裁判官も怒って、「中先生、次の裁判は午後に入れるので、その日の午前中に被告人を勾引します。先生は午前中に裁判所の一室で面会してもらって、打ち合わせをしてもらえますか」ということであったので、その予定で日程を押さえた。

 そして裁判当日、裁判所からは勾引(かんたんにいえば無理矢理裁判所に連れてくることである)をしたという連絡が入ったので、裁判所に出向き、指定された部屋に行くと、まさに鳩が豆鉄砲を食ったようとはこのことをいうのかというように目を丸くして放心状態の被告人がいた。
 私は、自己紹介をして連絡を取ろうとした経緯を確認したところ、家族からの伝言も聞いていたし、書面も読んでいたというのである。そこで、私が、「どうして連絡をくれなかったのですか」と聞いたところ、被告人は、「裁判に行くのが怖くて・・・」と言ったのであった。
 そこで私も若かったのでプチッと来てしまい、「あなたのしていることの方がよっぽと怖いわ!!!!」と怒鳴ってしまった。裁判に来ないことで情状は最悪である。
 とりあえず午後から裁判があり、事実関係には争いのない事件であったのであったが、なにぶんその当日打ち合わせしたばかりであるので、弁護側の情状立証は次回ということにしてもらった。裁判所は出頭しなかった理由についてのみ被告人に確認したいというのでこれは了承し、理由を聞いた裁判官もこれまたぶち切れたのであった。

 後日、最悪の情状ではあったが、何とか家族にも情状証人で出て貰い、執行猶予は取れたが、国選をしているといろいろとあるものであると思わされたのであった。その後、勤務していた事務所の仕事が過酷といえるまでに忙しくなり、国選は5年ほどしない時期があったが、民事事件を一方の車輪とすれば、刑事事件はやはり弁護士の仕事の一方の車輪であるという気がする。

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