読書日記「百年の孤独」
朝寝坊をしたときなどは、京都駅から直接裁判所までタクシーに乗ったのだが、「竹屋町の富小路」と言ったところ、運転手が相づちも打たず挙動不審であった。
「朝から愛想の悪い運転手やなあ」と思っていたが、信号待ちをしている時に、必至で市内の通り名が書かれた図面を見ている。
京都はタクシーが多く、他の地域から運転手となるために引越をしてくる人も多い。タクシー会社の中には、地理不案内ということがわかっているであろうのに現場に放り込む会社もある。
この運転手のタクシーもそうした会社の運転手さんなのであろう。
仕方がないので、道順を順次教えて、どの信号で右に曲がって欲しいから右のレーンによっておいて欲しい等、何から何まで指図しなければならなかった。
タクシーに乗っている間も仕事の準備をしている。事件の段取りを考えたり、手帳を見て段取りを考えたり、事務所に電話をして指示をしたりする。タクシーに乗っている間はそういう風に時間を使っている。
話しかけてくる運転手さんや、道を知らない運転手さんは正直私のような仕事の者には困るのである。
1日の終わりに仕事で遅くなってタクシーに乗る時には、話をする仕事であるので正直人と話をしたくない時の方が多いものである。
そうした時に運転手さんから話しかけられると正直イラッとくる。
黙っていて、道をしっかりわかっている運転手さんがいいのである。