読書日記「百年の孤独」
今弁護士をしているが、小さい頃の夢は野球選手だった。
しかし、リトルリーグに行っても監督の言っていることが気にくわないと思って一回で辞めて帰ってくるような子どもに野球は向いていないことは当然である。
その後は漫画家になりたかった。まあ単に漫画が好きだったからである。
少年サンデーに小学生の時に30ページくらいの漫画を書いて、一次予選を通過したこともある。
しかし、これも描いているうちに、自分には漫画家の才能はないと感じだした。
細かい作業に気持ちが続かないのである。
その後小説家になりたいと思ったりもしたが、これまた細かい描写に気持ちが続かない。
これは生来の私のずぼらな性格のためであろう。
その後は将来何になろうと思うこともなく、とりあえず進学高校に入り、高校の先生に、「中君は法学部が向いているよ。京都大学を目指せる」といわれて「そんなものか」と思い、勉強したら京都大学法学部に合格してしまった。サンマの頭も信心というが・・・。
法学部に入ってもあまり法曹になる気もなく、周囲で試験勉強をしているという人を尻目に「将来どうしようか」「それなりの企業に入るんだろうな」程度の気持ちであった。
三回生の夏頃、実はあと半年で職業を決めないといけないというところであわて出して、様々な中から、「実は法曹はいいのでは」と思い出した経緯は前にどこかで書いたと思うが、弁護士という職業に思い入れを持って始めたのではなかったが、その後様々な事件や人に出会うことで、今では弁護士が天職だと思っている。当時、銀行に既に就職した先輩たちから引き合いがあったことを記憶していて、人間なので正直心が揺れたこともあった。様々な企業から来る採用の案内を深夜じっと見つめていたこともある。
うまく天職に出会えたことは幸せだが、そういう出会いも本当に偶然の重なりなのだと思うと、感慨深いものがある。
高校の先生(今は東大寺学園の校長をされている)が「経済学部」といっていたらたぶん経済学部に入っていたであろう。
京都大学ではなく、大阪大学といわれていたら、自分の学力は大阪大学だと思ってそこへ向けて勉強していたであろう。
また、就職前にあの時にふと悩まなければ、勉強もしなかったであろう。
なるべくしてなった人に比べると、成り行きでこうなっているのが気恥ずかしいのだが、まあそんな男でも一応それなりにはやれているし、逆に「弁護士かくあるべし」というのがないので肩から力が抜けていていいと思うこともないではない。