織田信長1

中隆志

中隆志

 いうまでもなく、信長は近世の扉を開いた戦国武将であり、彼がいなければ秀吉はおらず、その後の家康もいなかったであろう。最近は津本陽の「下天は夢か」が大ヒットしたこともあり、信長ブームで、津本陽以降信長本が書店であふれているといっていいだろう。
 最近では、理想のトップ像として語られることも多い信長だが、戦国をよく知る人間からすると、信長は理想のトップというのは言い過ぎであるように思われる。
 信長は、戦国大名としては異例の成果主義を取り入れたことで膨張した。他の戦国大名が門地中心であったのに比べてその点でも中世離れしている。ただし、信長の成果主義は苛烈であり、いささかの容赦もない。さぼる暇が与えられないのである。時に異常な潔癖性を示すことがある。そして自分に必要がなくなった人間に対してはあまりにも冷淡である。
 たとえば、後に安土城を築き、信長が一泊の予定で城を離れたところ、城内の女中が桑の実寺に参詣して遊んだことがあった。ところが、予定を変更した信長が突然城に舞い戻り、女中がいなかったため、信長は怒り、これらの女中を成敗しようとした。助命の嘆願をした桑の実寺の住職とともに斬り殺された。
 草創期からの功臣である佐久間信盛という武将は、天下統一が見えてきた矢先に突然過去の罪状を掲げられて放逐されている。
 仕えるには、大変苦労の多い主君なのである。また、信長は家臣が肥え太ることを臨まず、秀吉などは常に自分の懐に物を残さず信長に献上していた。秀吉は、流浪時代にほとほと苦労したせいか、人間通過ぎるほど人間通であり、功を多く立てすぎると主君から疑われることを知っており、後に毛利征伐で秀吉だけでも戦えるにもかかわらず、信長が来なければ秀吉の手に負えないとして、信長に対し毛利征伐への救援を要請したり、子がなかったため信長の四男を養子に迎えて、「秀吉がいくら大身になっても、それは信長の子に相続される」ことを示してその歓心を買ったりしている。
 功には報いてくれるが、猜疑心が極めて強く、仕えにくい主君であったであろうことは間違いがない。

 信長は合理主義者であるといわれているが、それは彼の相続した領地内に津島という一大経済都市があり、商人性があったためであろう。商売をするには合理性が必要で、後に信長は中世の亡霊である各地の寺社が有していた座の特権を廃止する楽市楽座の制を取り入れているが、これはやはり津島という経済都市をその領地内に有していたことが大きいのではないであろうか。

 信長の最大の危機は、桶狭間の戦いである。桶狭間の戦いはあまりに有名であるので再掲することは避けるが、ここで今川義元を討ったことで、松平信康(後改名して徳川家康)が三河で独立し、翌年に攻守同盟を結んでいる。この同盟は一度たりとも違約することがなかったことから戦国の美談といわれているが、家康に信長に背く能力がなかったことが何よりの原因である(もちろん、三方原の戦いのときには、家康は信長を裏切り、武田家の臣従することも出来たのであるが)。
 その後、信長は破竹の進撃をしたように思われているが、実は隣国の美濃(現在の岐阜県)を攻略するのに8年の月日を要している。信長は短兵急に攻める果敢な武将のように思われているが、それは桶狭間のようなやむを得ないときにだけそうするのであって、実のところは、勝利が間違いなくなるまでは戦争をしない武将なのである。
 その時期が来るまでは、どんな相手にも卑屈になれ、時節到来を待てる不屈の闘志というか粘着力がある。こうした粘着質なところも英雄の条件の一つなのであろう。
 信長は、美濃を併呑したときから明らかに天下統一を意識していた。戦国時代はどの武将もが天下統一をもくろんでいたように書かれることがあるが、むしろそうした信念が明らかに初期の頃からあったのは信長をおいてほかにない。信長のエネルギーは「天下統一事業」というものだけに注がれ、けっしてこれを死ぬまで諦めなかったのである。この信念もまた英雄にとって必要なものであろう。
 彼にこのような天下を統一しようという信念を持たせたものが何であったかについては、議論のありうるところではあるが。

 美濃を併呑した信長に好機が訪れる。
 信長が宿命の対決を強いられる相手、後の室町幕府15代将軍である足利義昭が越前の朝倉義景を見限って、明智光秀や細川藤孝(後に幽斎)とともに美濃の信長に身を寄せたのである。
 上洛という大義名分を得た信長は、北近江を領している浅井長政に絶世の美女と詠われた妹(一説によれば妹ではなかったとの説もある)お市の方を嫁がせて同盟を結び、上洛戦に入ることとなる。

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