悩みのない判決

中隆志

中隆志

弁護士をしていると、当たり前だが裁判で負けることもある。
 負けた時に、「負ける前から負けるなあ」と思っている事件と、「微妙だ」と思っている事件と、「負けるはずがない」と思っている事件とがある。

 フィーリングが合わないというか、あたるごとに不利な判断をされるという印象の裁判官もいる。これは、私のボスによると、物事に対する感覚とか考え方が自分と合わない裁判官ということであるそうである。逆にフィーリングが合う裁判官というのもいて、「難しいなあ」と思っている事件でも勝っていたりして、このあたりはよくわからな。

 負けるなあと思っていて負けたとしてもこれは仕方がない。また、微妙と思っていて負けた時は判決の内容次第では納得出来るということになる。負けるはずがないと思っていた事件で負けると、全然納得できないことになる。

 微妙な事案とか、絶対勝つと思っていた事件で負けた時に、不承不承でも納得できる判決とそうでない判決とがある。
 納得できない判決というのは悩みがない判決である。
 すなわち、「これこれの証拠からしたら、これこれの事実が認められる。これに反する○○の供述は採用できない」として、この事実認定からすれば、「これこれの主張には理由がない」と斬って捨てるタイプである。これは意外に多く、弁護士の間ではこういう判決を書かれると困るとしてそうした裁判官は評判が悪い。
 微妙な事案では、負ける方もそれなりの事実や考え方や証拠を出して主張立証している。そうであれば、そうした事件で敗訴させるには、やはり敗訴させる方の主張がなぜ認められないのか、有利と見られる証拠はどう見るべきであるのか等、敗訴する側に一定の配慮が必要だと思うのである。

 裁判官は判決について解説してくれる訳ではないので、そうした「悩んだ」記載がなく、一方的に事実はこうだと書かれても、なぜそのような判断に行き着いたのかという裁判官の思考過程が全く再現できず、そのような判決を貰った弁護士や依頼者は不満ばかりが募ることになる。

 控訴がされないからといって、判決に不満がない訳ではない。費用の問題や時間の問題、労力の問題から控訴を断念される場合もあるし、そのような場合、悩みのない判決をもらった当事者は司法に対する不信感だけが残ることになる。

 一般的な人間は裁判官が考えるような論理的かつ知能指数が高い人間ばかりではない。裁判官は時として自分を基準に考えるが、そのような考えでは誤った判決を書くことになる。
 同じ証拠関係から全く正反対の結果が出ることがあるが、これなども事実や世の中に対する裁判官の考え方が反映されていることになる。
裁判官の胸先三寸でどうとでも判決が書けるということになれば、益々司法に対する不信は募るばかりであり、誰からみても、負けた当事者からしても、「ああなるほどな、負けたけど仕方ないわい」と思われる判決を書くことが裁判官の仕事の一つだと思うのである。

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