修習時代の釣り-前半-

中隆志

中隆志


私は札幌修習だったので、少し足を伸ばせば自然が豊富にあったので、趣味の釣りもよくほかの修習生と連れだって行った。

 初めて北海道で行った釣りは支笏湖(しこつこ)だったと思う。この湖は、浅いところから急激に落ち込んでいて、しかも足場が崩れていく石という特質を有していた。そして、表面積は小さいにもかかわらず、びわ湖の何分の1かの貯水量を誇るということで、極めて深い湖であった。そのため、鹿などが溺れると死体が上がらず、「死の骨の湖」ということで、死骨湖(しこつこ)であるともいわれていた。

 ヒメマス(北海道ではチップ)という綺麗な魚体のマスが釣れるということでルアー釣りやフライフィッシングをしに多くの釣り人が訪れる湖であり、毎月北海道のルアー釣りが掲載されている雑誌を購入していたが、ほとんどこの支笏湖は掲載されていた。

 しかし、支笏湖は栄養の乏しい湖であるため、あまり魚影は濃くなく、釣り人は多いが釣り上げている人は見なかった。
 私も5回ほどルアーフィッシングに行ったが、何も釣れなかった。当時お金もない中で不十分な装備で釣っていたせいもあったろうし、腕のなさもあったであろう。同行した他の修習生や、検察庁の事務官も何も釣れなかった。

 この支笏湖の側に、苔の洞門という名所があった。溶岩が浸食されて出来た渓谷の跡の側面の石に、まるでビロードのように無数の苔がびっしりと生えているというものである。今は崩落のために立入り禁止となっているようであるが、平成6年当時は自由に立ち入ることが出来た。ただし、北海道にはヒグマがおり、体長2メートル、山の中で出会ったらはず生きては帰れない恐ろしい動物である(ツキノワグマなどと一緒にしてはいけないのである)が、支笏湖周辺はクマがよく出るスポットであり、北海道では山でクマにやられて死亡したり大けがをするという事故は日常のものであった。

 釣りを終えたか観光に行った時であったかは忘れたが(当時は支笏湖で足踏みペダル式の船が借りられたので、男3人で漕いでいた帰りだったような記憶もある)、苔の洞門を見に行こうという話になり、皆で現地に向かったが、そこに書いてあるクマ情報を見て一様にびびった。17時以降はクマ出没の危険性が高まるので、絶対に立ち入らないようにと書いていたからである。

 時間は既に16時30分頃で、少しずつ薄暗くなってきていたように思う。しかし、せっかく名所に来たのだからと、途中まで行こうということになり、進み出した。
 駐車場から苔の洞門まで歩くのだが、道の隣は完全に原生林で、ヒグマが潜んでいても全然分からない。3人ともびびりながら苔の洞門にだとりつき、何十メートルが進んだが、どんどん太陽が落ちてきた。時計は17時少し前。

 3人ともなんとなくヤバイと感じて引き返すことに。クマは実は臆病で人を怖がっていると聞いていたので、3人で歌を歌いながら帰る。曲はもちろん「森のくまさん」である。
 しかし、何十メートルが歩いたその時、右手の原生林の中で、「ガサガサッ。」という大きい音がした。
 次の瞬間、3人ともその場にはおらず、駆けだしていた。もちろんクマが走れば、100メートルを数秒で走るという足の速さなので、カール・ルイスであっても追いつかれるのだが、とにかく逃げた。生涯であんなに早く走ったのはサッカー全国大会で得点を上げた後のときかこのときくらいである。

 もちろん、あれがクマであったかどうかは分からない。しかし、敵を知れば百戦して危うからずという孫子の兵法を大学時代に読んでいた私は、まず釣りに行った時に必ず出会う危険のあるヒグマを知ろうと考えた。

 しかし、そのことが私をさらなる恐怖に駆り立てるとは、本屋へ向かう私には思いもよらなかったのである。

 後半に続く。

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