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コラム

刑事弁護人の職責

2010年12月22日

コラムカテゴリ:法律関連


刑事の弁護人の職責について書いてみたい。

 現在の科学では魔女はいないとされているが、中世では魔女裁判があり、拷問で魔女と自白させるなどして「魔女」の烙印を押して火あぶりなどに処していた。日本でも江戸時代には拷問で自白を取るということが当然の前提であった。そのため、多くの無実の人の命が失われた。今でもえん罪の危険性は残っている。

 公権力(警察や検察庁)に比して、逮捕・勾留された被疑者や被告人の立場は非常に弱いのが普通である。
 こうした被疑者・被告人に1人の味方もついていなければ、被疑者・被告人は公権力の圧力に負けてやってもいない事件を自白してしまうかもしれない。また、事実が多少異なるにもかかわらず、公権力から、「認めろ」と圧力をかけられて認めさせられてしまうかもしれない。
 被疑者・被告人の味方になる者が1人はいなければ、中世の魔女裁判と同様、無実の罪を着せられたり、違う事実によって罰せられる者が出る可能性があるのである。

 誤認逮捕されたが、アリバイを私が証明して検察官にかけあった結果、速やかに釈放されたという事案をやったことがある。彼は、「絶対にやっていないけど、先生が来てくれなければ自白してしまいそうだ」と言っていた。

 弁護人は、そのために存在する。

 世間から罵声を浴びせられ、世の中全てが敵のような事件であっても、被告人が反吐を吐いてやりたいほどどうしようもない人物であっても(私選の場合は選任の自由があるから、信頼関係が保てなければ依頼を引き受けなければよいのであるが、仮に被告人との間で信頼関係が保てなくとも、弁護人としての重い職責を踏まえて引き受ける人物もいるであろう。)、弁護を引き受けた以上は、その被告人にとって有利な事実を探して被告人に成り代わり全力でもって主張しなければならないのである。

 かつて、弁護人が、「この被告人は悪い奴だから重い罪に処せられるべきである」という主張を裁判所に向かって述べたことが弁護士の懲戒事由となったことがある。弁護人である以上、打ち合わせの際には被告人を叱っていたとしても、いざ裁判となれば、被告人を擁護する立場から主張を展開しなければならないのである。これが許されないとすれば、弁護人制度そのものを否定することになるが、それは憲法37条の否定である。

 被告人にとって量刑上よい事実を出す弁護のことを情状弁護というが、被告人を叱ることが裁判上の情状に有利と見ればそのような被告人質問を敢えてすることはある。

 しかし、弁護人となった以上は、被告人のために出来る限りの弁護活動をしなければならないのである。
 被害者がいる事件では、被害者は自分の考えているストーリーと違う事実を被告人が述べると被害者は当然被害感情を害されるであろう。そのことを躊躇して被告人にとって有利と考えられる事実を裁判上出さないことが正しいかどうかということは非常に問題となるが、事実が違うと被告人が述べるのであればこれを出すようにしなければ、やはり弁護人の職責を果たしたことにはならないであろう。

 重罪事件で弁護人となれば、当然弁護人も被害者から憎まれる。「なぜあんな被告人を弁護するのか」という声も上がる。しかし、刑事弁護というものが、そもそも悪い人物にも1人くらいは味方につけてあげようという発想から出ている以上、弁護人が主張を展開することが許されないということには決してならないのである。

 もちろんこれは法的なものの味方で、世間感情には合致しないであろう。しかし、世間の感情だけで処罰をするということになれば、それは中世の魔女裁判と変わらないことになってしまう。

 世間の感情というものはマスコミやちょっとした要因で動くものである。安部内閣も、スタート当初は物凄い支持率であったことからしてもそれは分かるであろう。

 刑事被告人を弁護することについては、中々世の中の理解を得られることは難しいであろう。もちろん弁護方針ややり方の是非はあるであろうが、悪人だから弁護の価値なしという論法は相当危険である。

この記事を書いたプロ

中隆志

被害者救済に取り組む法律のプロ

中隆志(中隆志法律事務所)

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