読書日記「百年の孤独」
裁判で判決が延期されることがある。事情はいろいろあるだろうが、裁判所の方が間に合わなくて延期されるということが最も多いと思われる。
判決が二度延期され、こちらが一部勝訴した先物事件があったが、控訴審で判決が出た後に結局その会社は倒産してしまい、回収が一部しかはかれなかったものもある。
早くに一審が判決を出してくれてさえいれば、倒産前に回収できた可能性もあるが、判決の遅延を理由として国賠を求めても違法性がないとして棄却されるのがおちだろう。
こうした判決の延期、遅延は裁判官のパーソナリティーによることもあるが(要するにズボラなのである)、多くは裁判官も忙しすぎるからだと思う。200件を越える事件を抱えて判決を丹念に書こうとしても中々そうはいかないだろう。だからといって、ずさんな判決を書かれても控訴審で覆される可能性が高まり、勝訴しても安心できなくなる。やはりじっくり事件に取り組み、考えた上での丹念な判決を書いてもらいたい。敗訴した当事者にも、「ここまで丹念に書かれては致し方がない」という判決が望まれる。しかし、日々の時間に追われている現状ではそうした判決を書くことは難しいであろうし、どれだけ優秀で事務処理が早い人でも1人の人間の出来ることには限りがあるから、「判決の延期」という事態が出てきてしまうのである。判決の延期は依頼者に理解してもらうのも難しいし、家裁の審判などで、いつ出るのかわからず、2年以上放置された事件もあった(これはどう考えてもその裁判官がズボラであったのだが。後任の裁判官によって見事解決された)。
司法改革の理念を遂行するためには、何よりもまず裁判官を大増員すべきであろうが、予算がつかないためこれが成し遂げられていないのである。弁護士ばかり増えてもそれを裁く裁判官がいないのでは、事件は停滞する。
さらに、裁判官ばかりが増えてもだめで、それを支える書記官、事務官も増やさないといけないのである。そうすると執務スペースも増やさないといけない。
国は本気で司法改革する気はあるのかい?といいたくなるのである。