読書日記「百年の孤独」
悪い弁護士の話を何回か書いたが、依頼者の方にも問題がある依頼者はいる。弁護士がどれだけ頑張って仕事をしても、弁護士を罵り、全ての結果を弁護士の責任に押し付けたりする。依頼者のために事件をするものなので、こうした依頼者がいると非常にげんなりする。その意味で、職人としての心意気がないとやっていられないところがある。
こうした依頼者が思うような結果を得られないことの理由はいろいろある。
依頼者の主張する事実と全くそぐわない証拠ばかり出てきて、裁判の事実認定で負ける場合。これは弁護士としても、どうしようもない。こうした証拠書類には、ご丁寧に依頼者自身が署名していたりもする。
しかし、そのために敗訴しても、「弁護士が悪い」「裁判官が悪い」として納得しない人もいる。挙げ句の果てには攻撃の対象が相手の弁護士に向いたりする。
こうした依頼者は、「自分が悪い」などと考えてみようともしない。
また、本人の心情としてはわからないこともないのだが、法律解釈や法律上の規定により敗訴することもある。この点も、弁護士が知恵を絞って頑張ってもだめなこともある。
依頼者が尋問などで突然、全く聞いていなかった新しい事実を述べはじめることもあり、これが不利な証拠とされて敗訴することもある。弁護士には事情を話して欲しいものである。
依頼者としては、訴訟をしたり、刑事告訴出来ると考えて確信しているのであるが、我々法律家の目からみると、裁判で耐えうるだけの証拠がなく、訴訟や告訴は出来ない場合もよくある。いくら説明しても理解されず、「引き受けて欲しい」といい、引き受けられないというと、弁護士を罵って帰って行く。
「勝つと言ってください」「勝つと言ってくれたら依頼します」という人もいる。我々弁護士は、職務上勝訴を確約して事件を引き受けることは出来ない。見通しはいえるが、100%大丈夫と保証は出来ない。職務上そのように規定されているからである。そのように説明すると、「弱気な弁護士には依頼しない」と罵って帰っていく。
また、依頼者が弁護士の注意を全く聞かないために悪い結果となることもある。そして、注意を聞かなかったがために悪い結果となったにもかかわらず、その点を忘れて、「弁護士が悪い」と糾弾しようとする。また、依頼者の要望どおり行ってきた結果に対しても、全て弁護士の責任だとして文句を言ったりする。
まるで、「風が吹いたら桶屋が儲かる」式の論理展開で、全てを弁護士の責任に転嫁するのである。
こうした依頼者は、弁護士の注意を聞かなかったことや、要望どおりしてきたことを指摘し、弁護士側に問題がないと指摘してもいっこうに聞こうとせず、自分の主張ばかり述べてくるので、説得のしようにも限界があるから、依頼者の方では「弁護士が悪い」として事件が終わることになる。自分は神様のように何をしても許されると思っているのかもしれない。こうした人物は、また後日どこかでトラブルを巻き起こすのである。
ほとんどの依頼者は、感謝して事件が終わるが、どれだけよい弁護士にも、一定割合こうした不良依頼者はいるものである。タウンミーティングで、司法改革でも「やらせ」が相当あったということであるが、弁護士(上記の例は一般的に)からすると問題のある依頼者が、いくら弁護士に不満があると言ったからといって、それはデータとしては参考にならないものだろう。問題のある弁護士がいないとは言わないが、弁護士に対する不満が、一般的に見て依頼者側に問題があるケースでは、統計に入れない方がよかろうと思っている。