読書日記「百年の孤独」
細かい名前は忘れたが、昭和初期の名剣道家の言葉ということである。心の底から怒ってしまうと、冷静さを欠くし、物事を客観的に見ることが出来ず付け入れられるからであろう。
剣道の世界だけで通じる言葉ではなく、弁護士の仕事にも通じるものがある。仕事上、本気で怒ってろくなことはない。口先だけで怒って(怒るべき時には怒らないといけないときもあるが、それも口先だけで怒れということだろう)、常時冷静さを持たないといけないのである。義憤は重要であるが、冷静さを欠いて、弁護士が依頼事件について解決すべき時に解決できないということでは何もならない。
たまに事件に対して思い入れが強すぎて、「何をそんなに怒っているのか」という弁護士に出くわすこともある。こうした弁護士は、事件がそもそも依頼者のものであるということを忘れているのであろう。この弁護士が相手方でなかったらなあと事件が解決できず困る弁護士も多い。
ある昭和初期の剣道家(ひょっとすると冒頭の言葉を述べた人と同じ人かもしれないが)が知人が訪れて談笑していた時に、その知人がいとまを告げようとして席を立つと、「もう少ししたら、(2人の共通の友人である)A君が来るから待っていたらどうか」というのでその知人は待っていたところ、本当にA君がやってきて驚いたことがあったということである。
その剣道家によると、「何となく、A君が家を出るところが見えた気がした」ということであり、道を究めればこのような能力が身に付くのかと感嘆したエピソードである。
弁護士も相当経験を積むと、「何となくこの事件は嫌なところがある」と受任をするときに感覚で分かるようになるということであるし、中には解決の中身まで見通す人もいるということであるが、これは経験だけではなく、剣道家のように、その道の一流になれば、そうした能力がつくのかなと思っている。