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「塾ジイの部屋」7

久保克己

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テーマ:高校受験秋のスランプ克服法

合格へのアップドラフト

こんにちは。出口利光(でぐち りこう)と申します。40年間進学塾で教鞭をとり、5年ほど前に定年退職しました。今では自宅のアトリエで趣味の油絵を楽しむ傍ら、近所の小中学生に勉強を教えています。最近親御さんや子ども達から学習や受験に関する相談を受けることが増えました。今日は大山良太くん(中3)のお母さんが10月の模擬試験の成績表を持ってきました。ちょっと疲れているように見受けられます。

ここまでのお話「塾ジイの部屋」6

現状維持は悪くない

「塾ジイ、久しぶり。売れ残りだけど良かったらこれどうぞ!」
「んっ?牛肉か…、あっこれは…もしかして、スネ肉か!?」
「そうよ。最近塾ジイがカレー作りにハマっているって良太から聞いたから」
「いや~あいつはなかなかいい奴じゃな!」
「塾ジイのカレー意外と美味しいって言っていたわよ」
「『意外と』は余計じゃ。ところでわしに話があって来たんじゃろ?」
「そうなのよ。良太の模試の成績のことなんだけど…」
「どうじゃった?良太のやつ9月はかなり落ち込んでいたが」
「本人なりに頑張っているようなんだけど…これ10月の模試の成績表」
「どれどれ…おっ!上がってるじゃないか!」
「でも偏差値5pだけよ。判定は前回がEで今回はDよ。こんなんで大丈夫なのかしら?」
「本人はなんて言っているんじゃ?」
「『お母さん、上がったよ!』って勇んで成績表を見せに来たけど、『D判定だったら無理じゃないの?H高校は諦めてA高校の推薦にしたら?』って言ったのよ。そしたらあの子すごく怒って…」
「最悪じゃ!彼が怒るのは当たり前じゃ!!」
「でもこんな成績だったら無理なんじゃないの?」
「なんでそう言い切れるんじゃ?」
「なんでって…こんな成績で入試の合格点取るのは無理でしょ?」
「“こんな成績”で入試を受けるのか?」
「えっ?」
「入試は来年の3月じゃ。そのときまでずっと“こんな成績”なのか?」
「……」
「模擬試験はあくまで“途中経過”じゃ。今の状況を入試の得点にシフトするのはおかしいと思わないか?」
「でも、これから良太の成績が合格圏に到達するかどうかわからないじゃないの!」
「そうじゃな。しかし5pとはいえ前回の成績よりも上昇していることは確かじゃ」
「たった5p…」
「いいんじゃそれで!上がり幅よりも“上がっている”つまり上昇気流に乗っていることが重要なんじゃ」
「上昇気流…」
「そもそも秋以降は受験生の学力がどんどん高まる。だから相対的に同レベルの試験であれば模試の平均点は上昇するんじゃ。平均点が上昇しても本人の得点が同じであれば偏差値は下降する」
「なるほど…」
「ということは、偏差値を維持するためには“平均点の上昇についていく”必要があるんじゃ。たとえ5pでも偏差値がアップしているということは、良太は平均点の上昇以上に得点力を伸ばしているということになる」
「……」
「これでわかったじゃろ?ここは良太を大いに褒めるべきだったんじゃ」
「そ、そうだったの…良太に謝るわ」

小さな進歩を見逃さない

「でも、正直なところあの子は受かりそうなの?」
「それはわからん」
「心配だわ…」
「先ずは11月まで上昇気流に乗れるか否かがひとつめのポイントじゃ」
「なぜ11月なの?」
「12月に三者懇談があるじゃろ?その時点で“右肩上がり”であることが重要なんじゃ」
「そのとき合格圏に入れていなくても大丈夫なの?」
「【懇談時の成績が合格圏に入っているかどうか】よりも【そのときまでの成績が右肩上がりかどうか】が重要じゃ。例えば【Bランク→Cランク】と【Dランク→Cランク】の推移では現状同じCランクだが状況は全く違う。どちらが『今後も伸びそう』と思えるかということじゃ」
「なるほど…」
「努力が成績に表れるまでには2~3カ月かかる。良太が本格的に受験勉強を始めたのは部活が終了した7月末じゃ。ということは成果が認められるのは早くて10月、普通なら11月ということになる」
「結構ギリギリなのね…」
「“夏休みは受験の天王山”と言われる所以はここにある。単に『部活が終わって時間があるから勉強出来る』という意味ではないんじゃ。8月に本格的な受験勉強を始め、秋以降僅かでも上昇基調を作ることが出来れば、ある意味順調だと言える。だから9月の成績は良くなくても悲観する必要は全くないんじゃ」
「なるほど…」
「【模試の準備→模試受験→振り返り→弱点の洗い出し】のサイクルを回せば、まだまだ成績は上がるはずじゃ。来年の入試までこの歩みを維持出来るかどうかが命運を分ける」
「私が良太にするべきことは…」
「僅かな進歩でもしっかり褒め、次に向けてのサイクルを回すように促し、あとは静かに見守るんじゃ」
「わかったわ」
「次にわしのところへ来るときに9月と10月の模試の問題と採点済みの解答用紙を持ってくるように良太に言っておいてくれ。成績データ以外に彼に伝えたいことがある」
「ありがとう。伝えるわ」
「あ、あと、もうひとつ!」
「何?」
「今度カツカレーを作るつもりなので…」
「わかったわ!ヒレカツを良太に持たせるわ」
「なんか、催促したみたいだな…」
「それ、もろ催促よ!」    (つづく)

この記事はフィクションです。人物名はすべて架空のものです。

意を決して意識的な取り組みをしてもなかなかすぐには結果が出ないものです。受験勉強もその例外ではありません。塾ジイが言うように2~3ヶ月後にならないと成果を実感出来ません。この時期、苦しくても継続して計画通りに行動出来るかどうかが大きな分岐点です。良太くんのように9月の模試が振るわなくても、その後の推移が上向きであれば第一志望校合格の可能性は十分あります。9月→10月→11月に上昇基調を維持出来れば、むしろ合格の可能性は高まっていると言えます。とは言うものの、この時期が親御さん・お子さんともに辛い時期ですよね。感情を棚上げし【模試の準備→模試受験→振り返り→弱点の洗い出し】のサイクル、いわゆる“PDCA”を回すことによって確実にレベルアップしていくことが可能です。10月時点の成績が合格レベルに到達していなくても、そこで諦めてしまうのは時期尚早であると言えるでしょう。次回は「データ以外の進歩の着眼点」について考えてみます。

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久保克己(塾講師)

株式会社京進

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