AIが当たり前になった環境でのプログラマという職業について考える

前回の投稿では、ソフトウェアエンジニアがAIを手にすることで、できることが大きく広がり、さらに工夫次第で、同じAIを使っていてもその活用の「パワー差」はどんどん広がっていく、という趣旨のお話をしました。
唐突ですが、あなたは「データ・デモクラシー」という言葉をご存じでしょうか。
私は確か2018年頃、Tableau社のキャッチコピーで初めてこの言葉を知りました。
その言葉から私が感じたのは、
「バカ高いデータ分析(BI)ツールの時代が終わり、Tableauのような比較的安価なBIツールの登場によって、誰もが専門家のような分析を行えるようになった。データ分析は、特定の訓練を受けた人間だけのスキルではなくなったのだ」
ということでした。
そしてAIが出現した今、私が感じているのは「ソフトウェア・デモクラシー」です。
AIが登場する以前、ソフトウェア開発は基本的にソフトウェアエンジニアの仕事でした。しかしAIの登場以降、本人が望みさえすれば、これまでの何分の一かの学習量で、ソフトウェアエンジニアのスキルに近いものを手にすることが可能になりました。
経験のない人からすれば、あのお経のような「プログラム」を必死に書く必要は、もはやありません。
今や誰もがAIを使い、さまざまなプログラムを組み合わせながら「問題を解決する」ことができる時代になったのです。
では、これは何を意味するのでしょうか。
私は、ソフトウェアエンジニアの大発生、そして大手ソフトウェアベンダーの苦悶ではないかと考えています。
AIを使うことで、これまででは考えられなかったパワーを手にしたソフトウェアエンジニア(※本人がそう思えることが大切ですが)が、次に取る行動は何でしょうか。
私は、ずばり「独立」ではないかと考えています。
締め切りに追われながらプログラムをデバッグし、急な仕様変更にも会社上層部からのプレッシャーの中で対応しなければならない。
自分の時間はどんどん削られていく……(少なくとも、私の若い頃はそんな世界でした)。
それに代えて、自分の考えに共感してくれるお客様と、日々前向きな開発を行う。
システムが稼働したときには、お客様と一緒に喜び合う。
サービスの価格も自分で決め、ビジネスモデルも自分の意思で設計する。
ソフトウェアエンジニアにとって、そんな時代が到来したのです。
一方で、多くの開発要員を抱えるシステム開発ベンダーは、なかなか厳しい状況に置かれるのではないでしょうか。その詳細な考察については、あえてここでは触れません。
ただ、単純に考えても、個人、あるいは数名規模のソフトウェアエンジニアが、これまでなら何十人分ものパワーを必要とした開発をこなせるようになってしまった。
しかも、ここは日本です。大手開発ベンダーが簡単に要員整理を行える環境でもありません。
この状況を踏まえると、これまで大量の開発要員を抱えてきた開発会社は、今後、その「規模」を生かせる新たな市場を見つける必要に迫られるでしょう。
まるで、大きな恐竜が小さな哺乳類に取って代わられる進化の物語を、私たちは再び目の前で見ているような気さえします。
しかし、これは決して悲観すべき話ではありません。
大きな恐竜が姿を消したあと、世界は荒野になったわけではなく、多様な哺乳類が生まれ、環境に適応しながら繁栄していきました。
AIの登場によって、ソフトウェアの世界もまた、多様な個人がそれぞれの場所で価値を発揮できる、生き生きとした生態系へと変わりつつあります。
そしてその中心に立てる可能性を、私たちは今、初めて手にしているのかもしれません。



