聴き上手を目指して(スタッフ)
このところ世間では「親ガチャ」という言葉が
注目されています。
子どもは親を選べず、
どんな親から生まれて
どのような家庭環境で育つかは
運次第であることを、
主にスマホゲームなどで
ガチャガチャのようにランダムに
キャラクターを獲得することに
なぞらえて表現した言葉です。
裕福であったり
子に理解のある
良い親を当てるのは
レアキャラを当てるようなものなのでしょう。
この言葉には賛否両論あるようです。
「親ガチャ」という言葉が
自分の人生の責任を
親のせいだけにしているととらえて
批判する人もいれば、
実際に親の経済的な能力などで
進学先などに影響があり人生の選択肢が
狭まっている人や
いわゆる毒親に育てられた人が
これは「親ガチャ」だからと
ある意味で自分を納得させ諦める理由と
しているととらえて
肯定的な人もいます。
みなさんはどう思いますか?
実際に、日々のニュースでも
虐待されて亡くなる幼い子どもがいたり
何か犯罪を犯したり問題を起こした人の
幼少期の家庭環境が良くなかったなどの
情報が耳に入ってくることも多くあります。
そういった場合、
「子どもは親を選べない」ことが
不幸につながると感じることも
少なくありません。
しかし、同じような境遇であっても、
自分の力で乗り越えていく人もいるのを
目の当たりにすると
「親ガチャ」のせいにしてはいけないなと
感じることもあります。
ゲームになぞらえると、
たしかに「親ガチャ」だけれど、
その後どのように育成するかによって、
レアキャラを持っていてもうまく扱えなかったり
いいキャラではなくても上手に使えば
役に立つかもしれません。
そして、
「親ガチャ」でもあるけれど、
親にとっては「子ガチャ」でもあります。
どんな子どもが生まれるかは
親も選べません。
どんな親の元に生まれるか
どんな子どもが生まれてくるかは
運次第とも言えますが
縁次第とも言えます。
ご縁があって、親と子になったのでしょう。
悪縁ならば思い切って断ち切るのも一つの手です。
しかし、そうは思っても断ち切れないのが
親子の縁でもあります。
「親ガチャ」だからと納得して自分の人生は
自分の力で切り開くのか、
「親ガチャ」だからと自分の恵まれた環境について
親に感謝するのか、
「親ガチャ」だからと自分の人生を諦めて
人を責めたり不平不満を言い続けて
生きるのか、
「親ガチャ」だからと
自分のことを踏みにじる親から逃げて
幸せに生きることを目指すのか・・・
「親ガチャ」という言葉をきっかけに
自分をより良い方向に進むための言葉になるようにと
向き合って考えてみることが求められている
今日この頃なのかもしれません。
文:スタッフsachi
代表:椎名 あつ子