営業の「できます!」が現場を壊す?手戻りを防ぐ「営業と技術の通訳」
〜社内摩擦だけでなく「顧客との信頼」まで破壊する伝言ゲームの罠と、組織を守るリスクマネジメント〜
「先日の打ち合わせで、確かに『この仕様で大丈夫』とおっしゃいましたよね?」 「いや、あれは『検討する』と言っただけで、確定とは言っていないはずだ」
製品開発や受託製造の現場において、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。発注者である顧客と営業の間、あるいは営業と社内の技術部門の間で繰り広げられる「言った・言わない」の水掛け論。
前回のコラムでは主に「社内の営業部と技術部の摩擦」に焦点を当てましたが、今回は視点を変え、「顧客(クライアント)との取引リスク」や「多層的な伝言ゲームが引き起こす組織の崩壊」という経営・信頼の視点から、この問題の深層に迫ります。
たった一度の「言った・言わない」の食い違いが、長年築き上げてきた顧客との信頼を一瞬で吹き飛ばし、多額の損害賠償や無償リワーク(やり直し)につながる恐怖。その構造的メカニズムと、組織を守るための「強固な防波堤の築き方」を解説します。
1. なぜ製造業の「伝言ゲーム」は必ず破綻するのか?
製造業における情報伝達は、一般的なサービス業に比べて極めて複雑です。 プロジェクトが始まると、情報は「顧客 ➔ 営業 ➔ 設計 ➔ 製造 ➔ 協力会社(サプライヤー)」という長いバトンリレーを通過します。
この多重な伝言ゲームの中で、「言った・言わない」の泥沼が発生するのには明確な理由があります。
① 「解釈の歪み」が段数ごとに増幅される
顧客が口にした「少し強度を上げてほしい」という曖昧な要望。営業は「了解しました」と受け取り、設計には「補強しておいて」と伝え、製造には「いつもより頑丈に作って」と伝わる。各工程で担当者の主観や勘による「解釈」が入り込むことで、最終的に出来上がった製品は顧客のイメージと大きくかけ離れてしまいます。
② 口頭約束の「ブラックボックス化」
打ち合わせの席での何気ない雑談や、電話口での「まあ、なんとかやっておきますよ」という営業のサービス精神。これが正式な書面(要件定義書や仕様変更書)に残されないまま現場へ流れると、後からトラブルになった際に「誰が、いつ、何を約束したのか」を証明する手段が完全に失われます。
③ 顧客側の「思い込み」と「後出しジャンケン」
顧客自身も、最初から自社の要望を100%言語化できているわけではありません。「プロなんだからこれくらい察して当然」「言わなくても入っていると思った」という発注者側の勝手な前提条件(暗黙の了解)が、開発が進んだ後になって「後出しジャンケン」の形で突きつけられるのです。
2. 「言った・言わない」が会社から奪い去る「3つの巨大な資産」
水掛け論が発生した際、多くの企業は「今回だけは無償で修正対応しよう」と、波風を立てない形で収めようとします。しかし、この場当たり的な対応こそが、会社から大切な資産を奪い続けています。
【資産①】顧客からの絶大な「信用」: どれだけ技術力が高くても、「言ったことを覚えていない」「毎回確認漏れが起きる」と思われる企業は、次第に重要案件から外され、最終的には静かに取引を打ち切られます。
【資産②】現場の「心理的安全性」: 「言った・言わない」で責め立てられた経験を持つ現場は、保身のために頑なになります。「書面で指示されない限り動かない」「言われたことしかやらない」という指示待ち文化が蔓延し、社内の雰囲気は冷え切っていきます。
【資産③】会社の「正当な利益」: あやふやな約束による修正対応は、すべて「持ち出し(赤字)」になります。本来であれば追加費用をもらうべき仕様変更も、言い分の証拠がないために会社が泣き寝入りし、利益をドブに捨てることになるのです。
3. 泥沼を完全に遮断する「防波堤」を作る3つのステッ
では、顧客とも社内とも「言った・言わない」を二度と発生させないためには、どんな防波堤を築けばよいのでしょうか。
ステップ①:打ち合わせの「議事録」を合意文書に昇華させる
単なるメモ書きとしての議事録ではなく、打ち合わせ直後に「本日決定した要件と保留事項」をテキスト化し、顧客および社内関係者へ送付・承認を得るフローを標準化します。「書面に残っていないものは、存在しない約束とする」というルールを徹底することが、第一の防波堤となります。
ステップ②:顧客・営業・技術が集う「三者面談キックオフ」
営業だけで顧客の要望を聞いてくるスタイルをやめ、プロジェクトの最上流(スタート時)に、技術担当者も同席するキックオフミーティングを設定します。技術者が直接顧客の利用環境や求める精度をヒアリングすることで、「定性的な要望」をその場で「具体的な技術要件」へと変換・合意できます。
ステップ③:客観的な「要件定義チェックリスト」による可視化
当事者同士の会話だけに頼ると、どうしても確認の抜け漏れが発生します。「使用環境」「許容誤差」「メンテナンス性」「コストと納期の制約」など、確認すべき項目を抜け漏れなく網羅した「チェックリスト」を用意し、それに沿って機械的に合意形成を行う仕組みを組み込みます。
4. 顧客・営業・現場を繋ぎ、会社を守る「技術経営」のパートナーへ
「言った・言わないの不毛な争いをなくし、全員が同じゴールを向いて安心してものづくりに没頭できる環境を作りたい」
株式会社前田技術士経営研究所の前田さんは、長年にわたり製造業の最前線で「伝言ゲームの不全」によるトラブルを解決してきたコンサルタントです。
「言った・言わない」の防波堤を築くことは、手戻りコストを削減するだけでなく、顧客からの信頼を高め、現場で働くエンジニアたちの誇りと安心を守るための戦略的投資です。
「顧客との間でも、社内でも、いつも言った・言わないのトラブルが起きる」 「頼りない伝言ゲームから脱却し、組織として強固な要件定義の仕組みを作りたい」
そうお考えの経営者・事業部長の皆様、まずは自社のコミュニケーションの「繋ぎ方」から見直してみませんか?
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