「後悔しない事業承継」のために

承継・M&Aにより会社を売却する際、元オーナーが金融機関に対して負っている経営者個人保証の解除問題は、売却後の人生設計や資産保全に重大な影響を及ぼし得る最重要テーマです。売却側としては、残った従業員の継続雇用や借入金の引継ぎなど、将来を見据えた条件で売却することが多いですが、ルシアンホールディング事件等などで明らかになったように、個人保証が残ったままM&Aを進めることで、これらが実現されず売却後に思いもよらぬ大きなリスクを抱えることにつながります。
株式譲渡によって経営権や所有権を手放しても、個人保証は会社とは独立した「個人契約」であるため、自動的には解除されません。買主の経営が悪化した場合や倒産した場合、銀行は保証人である元オーナーに対して、多額の弁済請求を行うことが可能です。このリスクは「理論上のもの」ではなく、現実に生じています。そのため、元オーナーの立場では、売却価格以上に「保証解除をいかに契約・実務の仕組みに組み込むか」が重要となります。
政府としても、中小M&Aガイドラインの中で、経営者保証解除や移行のプロセスをM&Aで意識すべき事項として明示するなど対策は行っています。しかし、あくまでもガイドラインであり、強制力はありません。売手目線では「M&Aにより法人を譲渡した場合は、法人の債務に関する個人保証を解除しなければならない」などといった法的整備が望ましいですが、現時点では売主自らがリスク管理を行う必要があります。
そこで、売却側として実務上取り得る対応策を、4つのポイントに整理します。これら4つは単独ではなく、複合して対策することが望ましいです。
① 保証解除をクロージング条件にする
最もシンプルに考えられるのは、個人保証の解除をM&A成立の必須条件(停止条件)にすることです。すなわち、金融機関による正式な保証解除が完了しなければ、株式譲渡は行わない、という取り決めを契約書に盛り込むことです。これにより、買主側も保証解除に向けた銀行交渉を真剣に進めざるを得ず、解除が進まないままM&Aだけが成立してしまうという状況を防ぐことができます。
② 銀行交渉を最初期から開始する
保証解除は、買主の財務内容、事業計画、担保状況などを踏まえた金融機関の判断に基づくため、時間がかかることが一般的です。そのため、意向表明書や基本契約段階など、できるだけ早い時点で銀行交渉を始めることが大切です。承継後の返済計画や、買主側の保証・担保の提供など、銀行が安心して保証を切り替えられる材料を整えることが、解除への近道となります。また、「経営者保証ガイドライン」に沿った財務管理体制を整えておくことも効果的です。
③ 解除未了時の代替措置を契約に盛り込む
どうしてもクロージングまでに解除が間に合わない場合に備えて、代替策を契約で明確にしておくことが重要です。例えば、買主代表者や親会社による新たな保証提供、追加担保の設定、無保証融資への借換え義務付けなどが考えられます。「経営者保証に関するガイドライン」は浸透してきており、以下の条件があれば無保証への切り替え相談できる可能性も生じてきます。
・会社と経営者個人の資産・資金が明確に分離されていること
・会社の財務基盤が健全で返済能力が認められること
いずれも、売却後に保証リスクだけが残らないよう、契約上の歯止めを設けるという発想が大切です。
④ 専門家を交えた四者協議を行う
個人保証解除は、法務・財務・金融実務が交錯する高度なテーマです。売主・買主・金融機関だけで協議すると、立場や理解の違いから話が進まないことも少なくありません。そこで、弁護士・中小企業診断士・税理士などの専門家を交えた四者協議を行い、解除の要件やスケジュール、代替策などを整理していくことが望まれます。専門家の存在は、公平性・透明性の確保にもつながり、後々の紛争予防にも役立ちます。
以上のように、個人保証の扱いは、M&Aの成否以上に、売主自身の将来を左右する重大テーマです。売却後は会社の経営に関与しないにもかかわらず、保証責任だけが残ることは、精神的にも経済的にも大きな負担となり得ます。したがって、価格条件やスキーム設計と同等、あるいはそれ以上に、「保証解除の実現可能性と手当て」を最優先課題として位置づけることが、元オーナーの賢明なリスク管理といえます。
安心してバトンを渡し、次の人生へ進むためにも、早い段階から専門家に相談し、周到な準備を進めることを強くお勧めいたします。



