M&Aは売り手市場か?~経営者の高齢化時代に考える選択肢としてのM&A~

齊藤肇

齊藤肇

テーマ:事業承継


近年、中小企業を中心に「M&Aは売り手市場である」といった声をよく耳にします。帝国データバンクの調査(2024年12月)(※1)でも今後5年間で買い手となる可能性があると回答した企業が17.9%であるのに比べ、売り手になると回答した企業は8.1%に過ぎません(両方になると回答した企業は除く)。
しかしながら、「M&A=売り手市場」と一概に言い切るには、少し慎重な見方も必要です。市場の実態はもう少し複雑であり、特に中小企業や個人事業主にとっては、簡単に「売れる」わけではないケースも多々あります。本稿では、「M&Aは売り手市場か?」というテーマを軸に、経営者がM&Aをどう捉えるべきかについて考えてみたいと思います。

表面的には売り手市場、しかし…

一般的に「売り手市場」と言われる背景には、買い手候補の多さがあります。事業拡大を図る企業、地域進出を目指す企業、シナジーを求める大手企業など、多くの企業がM&Aの可能性を模索しています。さらには創業を目指す会社員なども買い手になるケースがあります。中には1社で何十件もの買収を手がける、いわゆる「ストロングバイヤー」も存在します。買い手側は複数の案件に手を挙げることができ、比較的軽い気持ちで市場に入ってくるケースも少なくありません。
一方で、売り手となる側はどうでしょうか。売却対象となる会社や事業は通常ひとつきりです。人生をかけて築いてきた会社を売るという行為には、強い決断と多くの葛藤が伴います。従業員や取引先に知られる不安、売却後の会社の行く末、そして自身の人生設計――こうした要素が絡み合い、多くの経営者が「まだその時期ではない」と判断してしまいます。
結果として、表面的には「買い手が多く、売り手が少ない=売り手市場」と見えるものの、実際には「売れる会社」と「売れない会社」がはっきりと分かれているのが現状です。

「売れる会社」とはどんな会社か?

確かに、売り手が優位な状況にあるケースも存在します。たとえば、
•安定した収益を継続しており、
•財務的な不安がなく、
•経営者が変わっても事業の再現性が高い
といった条件を満たす会社であれば、多くの買い手が関心を示し、結果として売却価格も上昇する傾向があります。
しかしその一方で、
•債務超過に陥っていたり、
•キーマン(現経営者)依存度が高かったり、
•顧客が経営者との信頼関係で成り立っているような事業
の場合、買い手からの引き合いは難しくなります。このように、すべての会社が等しく「売れる」とは限らないのがM&A市場の現実です。

M&Aの検討は「重たい」からこそ進まない

前述のように、買い手側は意外と気軽に市場に参加できます。まだ予算の見通しがなかったり、ビジネスプランが見えていなかったとしても、とりあえず情報収集から入ることが可能です。その場合、買収の突っ込んだ検討や決断を下すまでは遠い道のりとなります。
これに対し、売り手側の検討は非常に慎重です。経営者にとって、会社は単なる資産ではなく、「人生そのもの」です。売却を検討するというだけで、身内や社員、取引先に「何かあったのではないか」と思われるリスクもあります。結果として、水面下での検討すら進まないケースが多いのです。

高齢化が進む今こそ、M&Aを選択肢に

帝国データバンクの調査(※2)によると、全国の中小企業経営者の平均年齢は60.7歳となり、後継者不在が社会的な課題となっています。多くの企業が経営継続の岐路に立たされることになります。
そのような中、M&Aは「事業を誰かに託す」という合理的な選択肢のひとつとして、より一般的になってきました。廃業や親族内、従業員承継と並ぶ選択肢の一つとして、「会社を売る」という道もあるということを、もっと多くの経営者に知っていただきたいと考えています。
もちろん、すべてのケースでM&Aが最善とは限りません。しかし、選択肢として認識しておくことで、将来の選択に幅を持たせることができます。たとえば、現状で売却が難しい状況でも、「売れる会社」になるよう準備を始めることで、数年後には希望通りの引継ぎが実現するかもしれません。

最後に――後悔しないための準備を

M&Aは、決して一部の大企業や特殊なケースだけの話ではありません。経営者が人生の一大決断を下す局面において、「会社を譲る」という選択は、会社を守り、従業員を守るための戦略的な手段にもなり得ます。
これからの時代、廃業を選ぶ前に、事業承継の手段としてのM&Aも選択肢になりえると思います。専門家に相談し、選べる方法の幅を知ることから始めるだけでも、未来の可能性は大きく広がります。
経営者の高齢化が進む今こそ、「M&A」という選択を、気軽に考えて見られる時代に来ています。

※1 以下を参照
https://www.tdb.co.jp/resource/files/assets/d4b8e8ee91d1489c9a2abd23a4bb5219/f4d227bf9c754c6e95cf389e7d7bab77/20250128_M%26A%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AE%E6%84%8F%E8%AD%98%E8%AA%BF%E6%9F%BB.pdf?utm_source=chatgpt.com

※2 以下を参照
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250325-presidentage2024/

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齊藤肇
専門家

齊藤肇(中小企業診断士、行政書士)

合同会社メイクイットワーク

「よいカタチで会社を譲りたい」との経営者の思いをかなえる事業承継を支援。経営を見える化し、適した手段と無理のない事業承継計画を策定。補助金申請など資金調達支援、後継者育成や相続課題にも対応しています。

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