岡恒剪定鋏を宮村流完全手研ぎで研ぎ直す
長年使い続けられた道具には、その持ち主の思いが込められています。今回研ぎ直しを行ったのは、お客様が約40年前に購入された「美三郎」という銘が入った裁ちばさみです。この鋏は長い年月を経て、多くの布を裁ち続けてきました。しかし、長年の使用による摩耗や錆が蓄積し、切れ味はすっかり落ちていました。
お客様のお話では、「一度も研ぎ直しに出したことがない」とのこと。それでも試しに裏地を切ってみると、かろうじて切れるものの、切るのに抵抗があり重く感じる状態でした。裁ちばさみの本来の性能を維持するには、適切なメンテナンスが欠かせません。今回の研ぎ直しでは、錆を丁寧に落とし、天然砥石を使用した完全手研ぎによって、この鋏を新品同様の切れ味に復活させることを目標にしました。
研ぎ直し作業の準備 〜分解と錆落とし〜
研ぎ直しの第一段階として、まずは鋏の状態を詳しく確認しました。外観にはびっしりと錆が広がり、特にネジ周辺の錆が酷く、刃の接合部内側にも錆が見られました。このままでは研ぎ直しが難しいため、まずは鋏を分解し、錆を徹底的に除去することから始めます。
分解作業
鋏のネジを外し、刃を分解しました。裁ちばさみはネジの締め加減が非常に重要です。締めすぎると動きが悪くなり、緩すぎると切れ味が落ちるため、研ぎ直し前後に適切な調整を行う必要があります。
錆落としの工程
錆落としには、以下の道具を使用しました。
1,GC砥石(荒研磨)
2,耐水ペーパー #320(中研磨)
3,耐水ペーパー #1000(仕上げ研磨)
まず、GC砥石を使い、刃全体の錆を粗落とししました。この工程で、表面の大まかな錆を取り除きます。次に、耐水ペーパー #320を使用して、錆の跡を滑らかにしていきます。最後に、#1000の耐水ペーパーで仕上げ研磨を行い、表面を滑らかに整えました。
錆落としが完了すると、鋏の外観が大きく変わり、40年の歳月を感じさせる錆が消えて、美しい金属の光沢がよみがえりました。
次に、鋏を再び組み立てました。**ネジの締め加減を調整し、刃がスムーズに動くように仕上げます。**ここでの微調整が、最終的な切れ味にも影響を与えるため、慎重に行いました。
本刃付け 〜天然砥石を使用した完全手研ぎ〜
錆が落ち、鋏の状態が整ったら、いよいよ本刃付けの工程に入ります。全て天然砥石を使用した完全手研ぎで行いました。私にとって天然砥石は人造砥石に比べて研ぎ感が優れており、鋭い切れ味と持続性を持つ本刃付けをすることができます。
使用した砥石は以下の3種類です。
荒砥石:#700 天草砥(刃の状態を整えながら本刃付けする)
中砥石:青砥(より滑らかな本刃付けをする)
仕上げ砥石:浅黄(最終仕上げ。より良く切れる最高の本刃付けをする)
研ぎの工程
研ぎの際には、同じ角度を保ちながら、適切な力加減で研ぐことが重要です。角度が一定でないと、刃の均一性が損なわれ、切れ味にムラが出てしまいます。そのため、刃の返りを確認しながら慎重に研ぎを進めました。
また、宮村流表の法則で研ぎます。表で研ぎ終える研ぎ方ですが、私は裁ちばさみの場合、刃の裏は研ぎません。裏は鋏を作る際に職人さんによって完成された裏スキが施されていると考えて研ぎません。
研削熱によるダメージを極力抑えながら、ムラなく均一に本刃付けしていきます。
試し切り 〜よみがえった裁ちばさみ〜
研ぎ直しが完了した裁ちばさみを使い、再び裏地を試し切りしました。結果は驚くべきもので、研ぐ前とは比べ物にならないほどスムーズに楽に切れるようになっていました。
刃の先端、中央、根元のどの部分で切っても、均一な切れ味を発揮し、スパッと真っ直ぐに布が切れます。これが、私が天然砥石を使った完全手研ぎによる本刃付けの切れ味です。
40年の時を経て、再びよみがえった裁ちばさみ
この研ぎ直しを通じて、40年前に購入された裁ちばさみが見違えるように生まれ変わりました。道具は適切なメンテナンスを施せば、何十年、時にはそれ以上の年月を超えて使い続けることができます。
今回の研ぎ直しでは、単に刃を研ぐだけでなく、錆落としやネジの調整、天然砥石を使用しての完全手研ぎによる本刃付けを行うことで、鋏が持つ本来の性能を最大限に引き出すことが出来ました。お客様にとって大切な鋏が再び活躍できるようになり、「また長く使い続けられる」と思っていただける状態に仕上げられて良かったです。
今後も、裁ちばさみをはじめとする様々な刃物の研ぎ直しを行い、一つひとつの道具が本来の性能を発揮できるよう努めてまいります。長年使い続けた大切な道具を研ぎ直すことで、再びさらに活躍できるようにすることは喜びです。
この度の研ぎ直しはFacebook宮村和秀の中で研ぎ直し動画をご覧いただけます。