【謹賀新年】新年の目標を立てる前に知っておきたい目標設定5つのポイント
日本の企業教育における課題
近年、日本の社会人の学習時間が国際的に見ても著しく不足していることが、大きな課題となっています。OECDの調査によると、日本の社会人の年間学習時間は主要先進国の中で最下位クラスにとどまっており、この状況は日本企業の競争力の低下に影響を及ぼしていると考えられます。
個人の自己啓発への努力も必要ですが、それと同等に企業による組織的な従業員教育が諸外国と比較しても極めて低水準にあるのも、問題だと言えるでしょう。例えば、アメリカやドイツの企業では、従業員一人当たりの年間教育投資額が日本の2倍以上という調査結果もあります。長期雇用を前提としている日本企業が、従業員に投資をしないのはなんとも皮肉な実態です。
かつては「背中を見て育て」という言葉に代表されるに、徒弟制度的な育成方法が主流だったと言えます。しかし、この方法には欠点もあります。まず、教える側の熟練者の技能や知識が体系化されておらず、属人的なノウハウとして閉じてしまう点です。さらに、働き方改革による労働時間の制約や、テレワークの普及により、かつてのような密接な師弟関係を築くことは困難になってきていると言えるでしょう。
現代では、組織による体系的な人材育成が当然の責務として認識されています。特に若い世代においては、組織による積極的な教育機会の提供を強く期待する傾向が顕著だと言えます。最近の就職活動生が企業を選択する基準を見ても、「教育制度の充実度」は「給与水準」や「働き方の柔軟性」と並んで上位に挙げられる重要な要素となっています。
日本特有の人材育成の構造
日本企業の人材育成における特徴的な課題は、新卒一括採用制度に深く根ざしています。このしくみは高度経済成長期には効果的に機能して、日本企業の強みの一つとなっていたことでしょう。しかし、現代の環境には必ずしも即しているとは言えません。
多くの欧米企業では、入社時点で「幹部候補のエリート」と「非幹部候補の一般層」が明確に区分されており、教育投資の優先順位付けが顕著に行われています。例えば、MBAや博士号保持者は入社時点からエリートとして位置付けられ、それに応じた集中的な教育投資が行われます。また、一般層に関しては、職務記述書(ジョブディスクリプション)に基づいて必要な教育が明確に定義されています。
一方、日本の大手・中堅企業では、大学卒業者の多くが「総合職」として採用され、全員が「幹部候補生」として扱われます。これは平等性や機会提供という点では優れていますが、限られた教育予算を効果的に活用する上では、かなり難しい状況だと言えます。全員を幹部候補生として扱うため、一人当たりの教育投資額が必然的に少なくなってしまうためです。
効果的な教育投資の方向性
組織における人材の分布は「2:6:2の法則」に従うと言われています。この法則は、もともと働きアリの研究から発見されたと言われていますが、人間社会の組織においても広く当てはまることが知られています。組織のメンバーが上位2割の優秀層、中間6割の標準層、下位2割の要改善層に分類されるという理論です。
この考え方に基づくと、限られた教育予算を効果的に活用するためには、上位2割の優秀層を早期に見出し、重点的な投資を行うことが合理的だと言えます。優秀層に手厚い教育を行い、次世代リーダー、幹部としての成長スピードを上げることが、組織の持続的な発展につながります。ただし、この「上位2割」は必ずしも固定されません。人材の成長度合いや環境変化に応じて、定期的に評価と選定を行い、教育投資の対象を柔軟に見直していく必要があります。
また、残りの8割の従業員に対して、まったく教育を行わないのも得策ではありません。事業の現場を支えているのはこの層であり、また中位6割の中から突如として頭角を現す人材が出現する可能性も十分にあるからです。近年のビジネス環境の急激な変化を考えると、どのような人材が将来的に活躍するかを早期に見極めることは困難だと言えるでしょう「ゲームのルール」自体が急速に変わっていく時代だからです。
そのため、教育投資の戦略としては、「重点投資層」と「基礎教育層」の2層を設けることが有効です。重点投資層には、リーダーシップ開発やビジネススキル向上のための高度な教育プログラムを提供し、基礎教育層には業務遂行に必要な基本的なスキルの習得機会を与えます。比重に差をつけながらも、全体に対して教育機会を提供するのが望ましい姿だと考えます。
テクノロジーがもたらす新たな可能性
デジタル技術の進展、コロナ禍を契機としたオンライン学習ツールの急速な普及により、「少数精鋭への集中投資」と「全社員への基礎教育」の両立が実現可能になりました。この変化は、長らく人材育成の課題であった「コストと効果のジレンマ」を大きく緩和することにつながります。
まず、オンライン学習環境の普及により、高品質な教育コンテンツを低コストで大量に提供することが可能になりました。例えば、ビジネススキル、専門技能、マネジメントスキルなど、様々な分野のeラーニングコースがサブスクリプション形式で提供されています。これにより、全社員に対して基礎的な学習機会を継続的に提供することが容易になりました。
また、ウェビナーやオンラインワークショップの技術も格段に進歩し、数百人規模の参加者に対しても、インタラクティブな学習体験を提供することが可能になっています。チャットや投票、ブレイクアウトルームの機能を活用することで、従来の対面型研修に近い学習効果を実現できるようになってきたと言えます。
さらに、学習管理システム(LMS)の進化により、従業員一人一人の学習進捗や理解度を詳細に把握することが可能になっています。これにより、教育投資の効果測定や、個々の従業員に適した学習パスの設計が容易になっています。
これからの人材育成戦略
日本企業が失われた30年から脱却し、持続的な成長を実現するためには、組織全体の能力向上が不可欠です。そのためには、一部のエリート育成に注力するだけでなく、全従業員のスキルアップを図ることも重要です。
特に考えていくべきは、現代のビジネスパーソンに必須となる横断的なスキル(ポータブルスキル)の育成です。例えば、コンプライアンスやハラスメント防止といった法務・倫理面のスキル、情報セキュリティやITリテラシーといったデジタルスキル、そしてAIリテラシーのような最新技術への理解など、職位や役割に関係なく、時代の変化に合わせて全社員が確実に習得すべきスキルが増えています。
これらのスキル育成においては、段階的な進め方が効果的です。まず、全社員に対してeラーニングや動画教材を活用した基礎知識の習得を図ります。次に、部門や職務に応じた実践的なワークショップを実施し、知識の定着と応用力の向上を図ります。そして、上位層に対しては、より高度な課題解決型の学習プログラムを提供し、組織のリーダーとしての能力開発を行うのです。
また、人材育成の効果を最大化するためには、適切な評価とフィードバックの仕組みも欠かせません。定期的なスキル評価や、360度フィードバック、プロジェクトの成果評価などを通じて、教育投資の効果を測定し、必要に応じて育成プログラムの改善を図っていく必要があります。
テクノロジーの進化がもたらす新しい学習ツールを活用しながら、「選択と集中」と「底上げ」を両立させる教育戦略の構築が、これからの企業に求められていると言えるでしょう。これが、今後の企業の競争力を大きく左右していくだろうと、私は考えます。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。