な~んだ、結局読んでくれないのか~
皆様方、お世話になっております。播羊化学研究所の辻村でございます。日々雑感を綴っております。
今後の抱負
前回(生臭坊主から得たものとは?)は作文に纏わる思い出でしたが、その続きです。
大学院の修士課程から博士課程へ進む時のことでした。
博士課程希望者は全員「日本学術振興会の特別研究員制度」に申請していました。早い話が返さなくても良い奨学金の申し込みでした。審査があり、それを通過した者は給与として支給されるものでした。申請書にはお決まりの『今後の抱負』についての作文もありました。どんなことを書いたか?は全く覚えておりませんが、下書きを教授サマに見せたところ、「幼稚な文章だ」とか言われて、見るに値しないということでした。
母親から聞いた言葉
さすがに家に帰って落ち込んでいると、母親が言いました。
「出来上がったものについて、あーだ、こーだ言うのは誰でもきる。でも、それを最初から作るのは大変なんやで!」
これって、今でも非常に大切なことと考えます。
未だに理由は定かではありませんが、そもそも作文というのは、あまり見られたくないものです。ところが、見る側はなぜか批判的な目となってしまい、格好のイジメの材料となります。
更に、これは作文に限らず、研究開発全般において言えることです。
結果を精査し、表やグラフなどを書けば書くほど、情報を増やせば増やすほど、イチャモンが付いて来るのです。
後出しジャンケンなんて、誰でもできることなのです。
ですから、技術顧問先でも「検討結果や報告書などについて、あれこれ言うことは実に簡単!」「最初からやることは大変!」と常に思って伝えるようにしております。
先のことはわからない
そんなこんなでしたが、結局、返さないで良い奨学金はそのまま申請しました。そして、後日審査があり、合格して博士課程在学中はその奨学金を得ることができました。