理学療法士 小堀愛司先生 自己紹介
これまでの経緯②
前回の投稿では新人時代のお話でした。その後についての続きです
それ以来 重度の障害(重症心身障害)児者のため十分なリハビリや保育,教育や様々な誰もが経験する社会参加などの機会すら得にくい子ども達のために理学療法士として出来ることは何かを考え研鑽を積み様々な場所や地域で経験をさせていただいてきました。
私の恩師からは「この子ども達がどのように生まれ,どのような環境,家族のもとで,どのように育ち,どのような大人になり,どんな人生・生涯を送っているのかを我々理学療法士は観ていく必要・義務がある。それによって目の前にいる子ども達のその時その時のライフステージに何をサポート,ケアすべきかが分かる。」と言われたことに共感し,本来の自分の所属(母子入院,外来,通園)の他,勤務外時間で他病院医師の許可のもと小児科病棟,Nicu(新生児集中治療室)でのハイリスク児・未熟児,重症児などへの理学療法(呼吸,摂食・嚥下などへのアプローチ,ポジショニング,タッチケアや抱っこなどのハンドリングなど),病棟看護スタッフとの勉強会なども行いました。
道内外の重症心身障害児者病棟・施設などでのケース検討会や勉強会
重症心身障害児者を守る会や他の疾患・障害の家族会組織などにおける道内・地方宿泊キャンプ・研修講師,その他道内外遠隔地での家庭訪問なども経験させていただきました。
私は母の介護もあり,定年後,再任用は選択せず何をすべきか迷っていました。
そんな時,小さい頃担当させていただいていたお子さんのお母様から学校を卒業し生活介護事業所へ通っているので見に来てほしいとのお誘いがあり見学をさせていただき,まだ自分の知らない世界があったことに驚かされました。
家族から離れ家から単独で送迎され,完全に介護の世界であると感じました。しかも小さい頃関わらせていただいていた子ども達が医療的ケア(胃ろう,痰の吸引など)を要していたり,側弯,脱臼などの変形・拘縮がすすんでいたり・・・! また,身体の変化に合っていない車いすやバギーに座っていたり,靴などの補装具もフォローされていない状況。
いったい私たちは何の役に立っていたのだろう? そう考えると複雑な思いになりました。
ほとんどの公的療育専門機関が18歳で外来を終了している現状。一部の民間医療機関が成人を受け入れているが障害は残念ながら生涯続くのに何故か私には未だ理解できません。
多くの利用者様が訪問リハビリを受けておられるようですが事業所や医療機関などとの連携はほとんどとれていない現状。
そんな時,木川さんからお声がかかりました。
事業所を開設するから手伝ってほしいと・・・!!
実は通園施設に在籍時お子さんの担当をさせていただいていた。その時にお母様から「事業所を見学に行ったが自分が期待する思うようなところは見つからない。なので,将来自分で作るつもり。なので,その時は手伝ってほしい」と言われあまり重く考えずに「いいですよ」と返事をしてしまっていたことを思い出し現在に至ります。(笑)


