赤城山へ
日常的にSNSを見たり、自ら情報を発信したりすることが当たり前の時代になりました。
手軽に自分の想いを世界に届けられる便利さがある反面、ふと「発信のあり方」について考えさせられる機会も増えています。
プロの視点から見て、特に気になるのが「自分軸(自分中心のモノサシ)」だけで発信をしてしまっているケースです。
「調子が良い時の自慢」と「不都合な時の愚痴」
「調子が良い時の自慢」と「不都合な時の愚痴」
自分のビジネスやプライベートが順調な時は、少し自慢のようになるくらい元気にポジティブな投稿をする。
しかし、ひとたび自分にとって都合の悪いことや思い通りにいかないことが起きると、途端にSNS上で愚痴や不満、批判を並べてしまう……。
そんな発信を目にすることはないでしょうか。
気持ちの起伏があるのは人間ですから自然なことですが、それをそのまま公共の場であるSNSに流してしまうのは、少し厳しい言い方をすれば、周りへの感謝――つまり「おかげさま」の心を忘れてしまっている状態だと言えます。
「自分の好み」を「正義」にしない
例えば、日常の分かりやすい例で「外食」を考えてみましょう。
ふらっと入ったラーメン屋さんで、もし出された料理が自分の口に合わなかったとします。
その際、わざわざ「不味かったから二度と行かない」と不特定多数に向けてつぶやく必要はあるでしょうか。
味の好みは人それぞれです。
自分には合わなくても、その味を「世界で一番美味しい」と愛しているファンや、毎日一生懸命にスープを仕込み、暖簾を守っているお店の方がいます。
これは観光地や旅行先での体験、あるいはビジネスにおける取引先への評価でも全く同じことが言えます。
たまたま自分の体調やタイミング、主観で良くない印象を持ったからといって、その対象のすべてを否定するような言葉を発信してしまうのは、独りよがりな行為ではないでしょうか。
言葉一つで「自身の価値」を大きく下げてしまうリスク
世の中には、「言っていいこと」と「言わない方が良いこと」の境界線があります。
そして何より忘れてはいけないのは、不満や愚痴を誰かにぶつけているつもりが、実は「自分自身の価値や品格を大きく下げてしまっている」という事実です。
画面の向こう側にいる買い手や取引先、あるいは未来の仲間たちは、あなたの言葉選びを驚くほど冷静に見ています。
マイナスな言葉を撒き散らす人に、大切な仕事や信頼を預けたいと思う人はいません。
心が乱れた時こそ、一歩引いて意識を変える
日々の生活や経営の現場にいれば、自分の思い通りにいかなくて心が乱れる瞬間は誰にでもあります。
そんな時こそ、スマホの画面に向き合う前に、ちょっとだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
●「自分だけで生きているのではない」
●「この環境があるのは、見えない誰かのおかげかもしれない」
ほんの少し意識の矢印を「自分」から「周囲」へ向けてみるだけで、イライラしていた心がすっと落ち着き、見える景色が変わってきます。
私たちは、決して一人だけで生きているわけではありません。
常に誰かと支え合い、生かされています。
どんな時も「おかげさま」の視点を真ん中に置いて、発する言葉にも思いやりと責任を持てるプロフェッショナルでありたいものですね。
ありがたいご縁に感謝いたします。


