文明・構造(思想)編(1-2:この国の異常性)
桜
ついに3/19に東京で桜が開花した。
満開は3/25ごろとの予報。
群馬は東京より例年1週間くらい遅いので、
4/1ごろに満開になる。
毎年のことだが、私はこの時季とてもそわそわする。
世の中に絶えて桜の無かりせば、春の心はのどけからまし
在原業平の句だが、まさに私の心境だ。
あと何回できる?
シーズンを一回と数えた場合、
今、私は57歳だが、あと何回、本気の楽しい花見が出来るだろうか?
「本気の楽しい」の定義は、
・当然元気で身体が動き
・お酒を飲めて
・仲間が居て
・満開の桜の下で
やる花見だ。
70歳までとすると、あと13回だ。
13回を多いとみるか少ないとみるか。
私は、意外と少ないと思う。あと13回しかできない。
久米宏
もう亡くなったが、以前、久米宏の動画を見た。
自分が70歳になることなど想像だにしていなかったが、
気付けば70歳を超えていたと。。。
そう、私も自分が定年を迎える年になるなど、
思っても居なかったが、世の会社では定年退職の歳である。
私の長瀬産業の同期達も会社を去るだろう。(今は再雇用もあるが、、)
1週間、1か月も速い。このペースで時が過ぎれば、
70歳など、本当に目前だ。
すでに第2の人生をスタート
長瀬の同期に比べて、恵まれているのは、
49歳で会社を辞めて、すでに第2の人生がスタートしていることだ。
しかも、事業基盤が安定したことだ。
この基盤の上に、60代においては、さらにいろんなものを構築できる。
単に事業規模を大きくする、という意味ではない。
居酒屋のおやじとか、祭の復活とか、
講演、本の執筆、イベントの企画などなど、
自分が楽しい!と思うことに、ある程度、金をかけることができる。
60代が楽しみだし、その先の70代もおそらく楽しいだろう。
岐路
おそらく全員が、常に岐路に立っている。
金持ちも貧乏人も、頭のいい人も悪い人も。
どっちの道に行くか、常に岐路に立っている。
つまらないけど安定の道か、
ちょっと怖いけどワクワクする道か。
残りの人生を消化試合にするか否かは
常に自分次第だ。
今年も全力で花見をしよう!



