昔の人は糖尿病になれなかった ― スパイクしても壊れない世界/文明・構造(思想)編(1-3:昔の日本)
生活短観
車いすテニスで世界一になった方は、幸せだろうか?
そもそも身体障害者だ。
日々の生活にも、大きな不便があるだろう。
一方で、もし身体障害者にならなかったら、
テニスの上手い普通の人だったかもしれない。
健常者プロリーグで名を馳せるとは限らない。
そもそも健常者のプロテニスプレーヤーになっているかもわからない。
他に、様々な可能性があり、魅力があり、
テニスだけに打ち込んだかも???
では、どっちが幸せか?といえば、
本人以外には、実際のところは分からない。
・車いすテニスで世界一になること
・超有名になること
・お金もたくさんもらえること
・車いすテニス協会の会長とかにもなれること
・普通に歩けること
・普通にテニスができること
・普通に生活ができること
いったいどれが幸せか?
現象と事象
世界では、常に何かが起きている。
事故、失敗、成功、衝突、損失、偶然。
それらは、まず「現象」として発生する。
ここに善悪はなく、意味もまだ与えられていない。
雨が降る。
機械が止まる。
相手が怒る。
数字が崩れる。
この段階では、
ただ物理的・事実的な出来事が生じているにすぎない。
現象は一つ
重要なのは、
現象そのものは誰にとっても同じという点である。
同じ場所で、
同じ時間に、
同じ出来事が起きている。
差が生じるのは、
その次である。
事象は分岐する
現象が人間の認識系に入った瞬間、
それは「事象」に変換される。
事象とは、
現象に意味が与えられたものだ。
ここで初めて、
「不運」「被害」「失敗」「屈辱」「怒り」といった言葉が生まれる。
あるいは、
「必要なこと」「避けられなかったこと」「まだ分からない何か」
という形を取ることもある。
違いを生むのは解釈ではない
この違いは、
解釈の巧拙や、前向きさの問題ではない。
ポジティブかネガティブか、
楽観的か悲観的か、
そうした性格論でもない。
違いを生んでいるのは、
どの作用点が介在したかである。
動物脳が介在した事象
動物脳が強く介在した場合、
事象は自動的に自己中心化される。
なぜ自分が。
なぜこんな目に。
誰のせいだ。
現象は、
被害者意識、自己正当化、攻撃性として立ち上がる。
これは自然な反応であり、
異常ではない。
即時報酬文明は、
この変換を加速させる。
霊性が介在した事象
一方で、
霊性が介在した場合、
同じ現象は別の事象として立ち上がる。
必要だったのかもしれない。
避けられなかったのだろう。
まだ意味は分からない。
ここに、
美談も悟りもない。
ただ、
即時に意味づけをしないという挙動が現れる。
評価が遅れるという特徴
霊性が介在した事象には、
一つの特徴がある。
評価が遅れる。
すぐに結論を出さず、
すぐに敵味方を分けず、
すぐに自分を正当化しない。
その遅れが、
距離を生む。
世界が変わったように見える理由
霊性が現れた人間が
「世界が変わった」と語ることがある。
しかし、
変わっているのは世界ではない。
現象は同じまま、
事象の立ち上がり方が変わっただけである。
大好きな炭水化物よ、さようなら!



