大晦日
生活短観
今日は2/3節分だ。明日は立春。
冬と春を分ける日だから、節分。
なので、本来は年4回ある。
が、この春の始まりは1年の始まりなので、
より意義が大きく、認識されてカレンダーにも残ったのであろう。
今回の衆院選もまた、節分であろう。
結果が出る前、歴史家や評論家が言う前に、ここに明記しておく。
これまでの政治は、
・官僚が書いた紙を持ち答弁し
・遺憾だ、慎重に、前広に、などの言葉を多用し
・無事故、無炎上を是とする
・できるだけ言葉尻をとられない
・自己保身の塊のような政治家による
政治であった。
今後の政治は、
・自分の言葉で答弁し
・立場を明確にし
・事故も炎上も起こすが、明確に賛否を分け
・言葉尻、表現などは二の次で
・覚悟を前面に出した政治家による
政治になる。
この政治に真摯に向き合えない政治家は、消える。
高市首相と野田・斎藤代表の構図は
まさに、上記の新旧対比である。
危機の局面で動ける人は、どこから現れるのか
危機が人を動かす条件は、今も昔も変わらない
危機は、今も昔も、人の意識を変える。
自分事になれば、役割や責任を意識する。
ここに文明差はない。
変わったのは、
危機に直面したときに、行動へ移せる人の分布である。
行動できる人は「だらけていない人」ではない
危機のときに動ける人は、
単に勤勉だった人でも、苦労してきた人でもない。
・長時間労働をしてきた
・貧困に置かれてきた
・身体を酷使されてきた
これらは、行動筋を保証しない。
消耗であって、時間投資ではないからだ。
行動に必要なのは、
・不快を保持する力
・成果が出ない期間を耐える力
・判断を引き受け続ける力
・未来のために今日を差し出す力
つまり、遅延報酬に耐える筋力である。
危機のときに台頭するのは、どの層か
危機の局面で前に出るのは、
社会の中心で勝ち続けてきた層ではない。
また、
最も困窮し、最も疲弊している層でもない。
台頭するのは、次の条件を満たす少数である。
・中心の勝ち筋には乗れなかった
・しかし撤退もしなかった
・評価や承認を得られなくても、積み上げを続けた
・即時報酬を理解しつつ、距離を取ってきた
言い換えれば、
過去の勝敗では負けているが、
時間投資だけはやめなかった層
である。
「負けた国」が再構築を担う構造
この構造は、個人だけでなく、国家レベルでも繰り返されている。
第2次世界大戦後、
軍事・政治の「勝者」ではなかった
**日本**や
**ドイツ**は、
・勝者の秩序に組み込まれなかった
・旧来の成功モデルを捨てざるを得なかった
・短期的な報酬より、再構築を迫られた
結果として、
・制度
・産業
・技術
・教育
を、時間をかけて積み直すしかなかった。
これは道徳的優位ではない。
だらける余地がなかったという、構造上の話である。
危機は「選別装置」として働く
危機は、
能力や正しさを選別する装置ではない。
選別するのは、ただ一つ。
遅延報酬に耐えられるかどうか
危機のとき、
・多くの人は正しさを語る
・多くの人は感情を共有する
しかし、
行動を継続できる人は極端に少ない。
危機は、
その少数を自然に前面へ押し出す。
ここでは評価もしない
この層が現れることを、
希望とも、救済とも、理想とも呼ばない。
ただ、
文明の転換点では、
「勝てなかったが、腐らなかった層」が
静かに主導権を持つ
という事実が、
繰り返し観測されているだけである。
第3章としての位置づけ
第3章で行ってきたのは、
・即時報酬文明の副作用の記録
・無為から攻撃性、分断への遷移
・そして、行動できる人の希少化
の確認である。
ここでは、
誰が正しいかも、
誰が救うかも、
書かない。
ただ、
危機のときに動ける人は、
すでに平時の過ごし方で決まっている
という構造を、
置いておく。
大好きな炭水化物よ、さようなら!



