「大切な人からいただいた椅子を直してください!」後編
「私のお店(カフェ)で花台に使っているスツールの座面が割れてしまったんです!」
「神戸のアンティークショップでやっと探した椅子なんです。なんとか直りませんか?」
愛媛県新居浜市・H様が写真のスツールを持ってご来店されました!
バラしてますのでわかりにくいかもしれませんが、このスツールは、飛騨産業さんの No.243ミルクスツール(ブナ材/K色)といい、弊社でも約30年前にはよくご紹介した椅子の一つです。
ミルクスツールの語源は、酪農家のみなさんが乳牛からミルクを絞る時に使っていた椅子を参考にデザインされたため、持ち運びしやすくするために横にハンドルが付けてあります。
◆写真上の板材は、治具(補助的な道具)づくりのために用意したヒノキ材です。
H様のミルクスツールは、座面材料の巾接着ヶ所が切れてしまったようです。
20年以上前の家具づくりは、尿素系接着剤がよく使われていました。
尿素系接着剤にも、寿命があり30年近く経つと “きな粉” のような粉状になり接着ヶ所が緩んできてしまうんです・・・。
シックハウス問題以降は、尿素系接着剤が使われることはなくなりました。
とってもなつかしい30年以上前の飛騨産業さんのシールが残っていました。
修理作業中①/治具(補助的な道具)づくり
組み立てや圧着作業を、正確かつ速やかに進めるためには、治具(補助的な道具)づくりが欠かせません。
これがないと、家具に余分なキズを付けてしまったり接着不良になったりします。
まして、切れてしまった座面の圧着作業は一発勝負のため、治具(補助的な道具)づくりが欠かせないのです。
治具づくり①・・・ヒノキ材の曲面切り加工
はじめにヒノキ材に板座面を合わせて墨付けし、動力機械の帯鋸盤で墨付け線に近く切り進めました。
治具づくり②・・・曲面部の研磨作業
帯鋸盤で曲面切りしたナイフマークを、動力機械のスピンドルサンダーで研磨して整えました。研磨した面に養生材のニードルパンチを貼れば治具(補助的な道具)の完成です。
◆ナイフマークとは・・・切削時に木材の表面に付いた刃物の跡のことです。
修理作業中②/ドミノジョイント加工
切れてしまった板座面どうしを、できるだけ少ない目地(段差)で接合するには、接ぎ材が必要です。
TOKI家具館メンテナンスでは作業性を考慮して、フェスツール(ドイツ)製ドミノジョイントとマキタ製ビスケットジョイントを主に使ってますが、H様のミルクスツールには、ドミノジョイントで接合することとしました。
写真右がドミノジョイントカッター、写真左が座面ウラ面にマスキングテープを貼り、墨付け線を入れました。
ドミノジョイントカッターで溝切り加工をして、ドミノチップを仮り合わせした状態です。
修理作業中③/組み立て圧着作業
切れてしまった板座面を圧着するために、断面部にローラーで接着剤を塗りました。
ミルクスツールの脚部の取り付けが、木のネジ込み式のためネジ切り部に接着剤が付かないようにするためローラー作業としたんです。
◆ほぞ組み部の接着時には、ヘラを使い接着剤を付けていきますが、これをすると接着剤が多く付きすぎて座面ネジ切り部に多くの接着剤が入ってしまうことが想像できますので・・・。
続いて、ソマックス製T型クランプを使い、できるだけ目地(段差)が出ないように圧着していきました。
実は、圧着作業中に何回もクランプを外して微調整作業を繰り返しての作業をしたんですよ・・・。
接合部の断面は、目地(段差)防止のため、ソマックス製スナップクランプを使い整えました。ここから約12時間で完全乾燥します。
接着剤が完全乾燥した座面です。ほとんど目地(段差)もなく上手く圧着作業ができました。
飛騨産業さんのNo.243ミルクスツールは、脚やハンドルをNCマシンでネジ込み加工している組み立てや分解が容易に考えられた椅子です。
修理作業後/ミルクスツールの座面圧着作業が仕上がりました。
脚3本とハンドルをネジ込みしミルクスツールの修理作業ができ上がりました。
この椅子のサイズは、直径32(ハンドル含む:40,5)×高さ29,5㎝と、小ぶりでかわいいものです。
◆座面部の表面とウラ面の塗装艶などが異なるのは、表面はウレタンフラット(上塗り)まで仕上げているのに対して、ウラ面はサンディングシーラー(中塗り)までの仕上としているためと想像できます。
◆時代背景により「ものづくりの考え方」は異なります。
私見ですが、まだ物不足の時代にたくさんの家具を作るための効率化と価格を抑えるための工夫のような気がします。脚先の水平切りカットをしていないのも同様だと思います。
新しい時に付いてあっただろう革ひもがなくなっていましたので用意しました。
H様、ご依頼いただきありがとうございました。土岐泰弘
家具修理に欠かせない「古いカタログ」を大切に保存しています。
家具修理作業に欠かせないのは、お客様がお使いの家具メーカーや型式、製造年などの基本情報ができるだけわかることです。
家具メーカーさん独自の金物など専用部品が必要になることがあるからです。
そのために必要になるのが、家具メーカーさんの古いカタログや円満な人間関係なんです。
H様のミルクスツールは、1993年に発行された飛騨産業さんのカタログに掲載されていました。
今後、紙の家具カタログは今より貴重になってくると想像できますので大切に保存していきたいです。
H様のミルクスツールは、ブナ材K色ですのでカタログ写真の一番手前の椅子になりますが、当初は、こんなにたくさんの色のミルクスツールが作られていたんですね・・・。
最後までお読みいただきありがとうございました。土岐泰弘