成年後見制度は誰ための制度か?
先日市民後見人について電話取材を受けました(6/17東奥日報朝刊に掲載されています)。コメントだけでは真意が伝わらないので、このコラムを利用して、市民後見人についての意見を述べたいと思います。なお紙面の都合上、市民後見人の制度については私が所属している公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートが発行している「リーガルサポートプレス」をご参照下さい(http://www.legal-support.or.jp/public/press.html)
成年後見制度の現状(最高裁判所発表の統計から)
平成12年にスタートした成年後見制度。当初成年後見の申立事件(平成12年は9,007件)により選任された成年後見人の9割は配偶者、子などの親族であり、残り1割が司法書士・弁護士を始めとする第三者(専門職)後見人でありました。
しかしながら、第三者後見人の割合は徐々に上がり続け、平成25年1月~12月までの成年後見の申立事件(年34,548件)により選任された成年後見人等の約57.8%が第三者後見人となっています。成年後見人を誰にするのかというのは最終的に裁判官が決定します。仮に成年後見申立時に親族を候補者としたとしても、裁判官が第三者後見人を選任することができます。つまり、家庭裁判所は、親族後見より第三者後見を選択しているということがみてとれます。
なぜ第三者後見人が選ばれるのか
それは成年被後見人と成年後見人との間が親密であればある程、「公正な第三者」として財産を適切に管理するという意識が薄れていくからです。家庭裁判所から「成年後見人」という身分を与えられることにより、仮に夫や父親の財産であったとしても、成年被後見人の財産に「他人性」が生まれます。赤の他人の財産を管理することと同じになるのです。その財産を不適切に使ってしまった場合(例えば、被後見人の預金から後見人の生活のためにお金を引き出して使ってしまうことなど)、それは業務上横領に該当することになります。
最近司法書士や弁護士などの第三者後見人による業務上横領がニュースになっていますが、それは実は氷山の一角であり、このような不適切な財産管理により問題となる多くのケースが親族後見による横領事件なのです。
なぜ親族後見に不適切な財産管理が多いのか
例えば、こんな会話父と娘の会話。「おじいさん、今月たかし(孫)の塾の夏期講習があって講習代が10万円するの。大事な高校受験前の夏だし。なんとか受けさせたいの。援助してくれない。」「しょうがないな。たかしの将来のためだからな」と、娘は父から10万円を援助してもらいました。それを聞いたあなたは「それはおかしい!」とは思わないでしょう。でも、娘が父親の成年後見人だった場合、話は異なるのです。
「大学進学の冬期講習のお金10万円もかかるんだ〜うちにはお金がないしなあ。たかしも頑張っているから受けさせたいな。そういえばおじいさん、たかしが中学の時の夏期講習のお金も出してくれたし、きっと(今はぼけちゃって聞けないけど)援助してもいいよって言ってくれるはず♪」と言って、成年被後見人の預金口座からお金を引き出し、講習代にあてました...これが不適切な財産管理の一例です。
前半の例のように、おじいさんが十分な判断能力があるのであれば、自由に自分の財産を使ってもよいので、娘に孫の教育資金をあげても良いのです(おじいさんと娘の間に10万円の贈与契約が成立したと評価することができます)。
財産管理においてお金を支出する場合のメルクマールはその支払いに「法的義務があるかないか」で判断をします。従って今回のケースについてもおじいさんに孫の教育費を支出する法的義務があるかないかということになります。言い換えれば、娘がおじいさんを「孫の教育資金10万円を支払え」という内容の裁判を提起し、娘が勝訴し、家庭裁判所がおじいさんに支払いを命じるのかという問題と同じことなのです。そのような支払命令が下されないということは皆さんお分かりかと思います。
後見人を監督するのは家庭裁判所です
後見人の仕事(適切な財産管理を含めた後見業務)を監督するのは家庭裁判所です。後見人による不適切な後見業務により、成年被後見人の財産に損害が出てしまった場合、監督責任を問われてもおかしくはない立場なのです。ですから、家庭裁判所としては他人の財産を預かるための基礎的な知識(研修)と倫理を兼ね備えた第三者に成年後見業務を担って欲しいため、第三者後見の割合が高くなってきているのです。
一方で、成年後見業務を扱う専門家の数は限られています。司法書士・弁護士の全員が成年後見業務を行っているわけではありません。司法書士でいえば全体の4分の1くらいです。成年後見業務は他人の財産を預かるという責任が重い仕事であり、また通常の不動産登記や会社登記と異なり、長期間(成年被後見人が亡くなるまで)の業務であります。加えて関係者(司法書士等は親族間の紛争性の高い案件が多いです)との調整役を担うことにもなります。報酬も仕事量に比して実入りが良い仕事とはいえないため(プロボノ活動の一つ)、成年後見業務を扱う司法書士等専門家の数も自然と限りがあります。そこで、今後の超高齢化社会に向けて、第三者後見人候補者の数を更に増加させなければ対応することができないことは目に見えています。司法書士でも弁護士でもない後見業務について知識と倫理を兼ね備えた人が必要となるのです。その筆頭株が「市民後見人」なのです。
市民後見人団体の乱立は問題あり
それでは市町村が市民を集めて独自に研修会を開催し「市民後見人」を養成したからといって、すぐに家庭裁判所がその人たちを第三者後見人として選任するでしょうか?
家庭裁判所が法律専門職以外の人を財産管理人に選任することはまれであります。原則は弁護士であり、現在多くの後見事件を扱っている司法書士や社会福祉士も研修制度の充実(司法書士は2年に1度12時間以上の研修を受けることが候補者登録要件となっている。社会福祉士会の「ぱあとなあ」も研修制度を用意している)と執務管理の徹底(司法書士が行った業務を家庭裁判所に報告する前に司法書士がチェックをする体制が整えられている)を長年続けることで家庭裁判所の信頼を得られ、現在は後見人候補者供給団体として認められているのです。
市民後見人は今始まったばかりの制度です。「私は沢山勉強をしてきましたので、後見人になることができます!」と言ったところで、まずは家庭裁判所の信頼を得なければ選任されないのです。また、誰か一人でも思い込み等により不適切な後見業務をしてしまい、結果として解任にされた場合、その団体の信頼は地に落ちるばかりか、そのようなことが続けば市民後見人自体の信頼もまた失われてしまうのです。
また、様々な市民後見の団体を立ち上げた場合、それぞれのルールで後見業務を形作ってしまうと、せっかく始まった市民後見制度は玉虫色となってしまいます。市民後見人はその後見業務をする人のスキルアップの為にあるのではなく(スキルや報酬を目当てに後見業務に付きたいのであれば司法書士や弁護士、社会福祉士の資格を取得し後見業務を行うべきであると考えます)、「地域福祉の実現」のために必要な制度であると考えています。自治体と法律専門職が必ず関与し、研修制度の充実と執務管理について一定のルールを定着させ、全国統一レベルで広げていかなければ、せっかくの市民後見人制度が脆くも崩れてしまうと危惧しているのです。
以上の理由から、市民後見人制度については「積極的・慎重論派」なのです。