薪ストーブの規制はいかにあるべきか?③ー 私が形式に基づく規制に反対する理由(その3)
前回まで「薪ストーブの規制をすべき」という話を聞いたら普通の人がパッと思いつくであろう「規制値を定めて、それをクリアーする薪ストーブだけを使用させるようにする」という、自動車や、あるいは廃棄物焼却炉などで用いられている方法で薪ストーブを規制しようとしても、実際には社会のためにならない、という話をしてきました。
薪ストーブの規制はいかにあるべきか?③
では、薪ストーブに合う規制はどのように考えるべきか?という問題に対して、結論を一言で表したのが標題です。私は、いつも、どんなテーマでも、こんなふうに身も蓋もない言い方をするのでムッとされることが多いのですが……申し訳なく思いつつも、以下、論を展開させていただきます。
環境を保全するために展開されている形式に基づく規制は、基本的に明確でわかりやすく公平です。事業活動を日本という国土全体で展開させるという経済的な国富政策と、公害防止を両立させるためには、それが必要だったと言うべきでしょう。
せっかく事業を展開しようというのに、行政がそれに口を出して規制してくる「不利益措置」を仕掛けてくるわけですから、キリがないというわけにも参りません。「ここまでやれば良い」ということがわかっていることが、事業計画を立てる上でも非常に大切になります。
それが薪ストーブに関しては「郷に入っては郷に従え」なんて……随分あいまいでどこまでやれば良いのかわからなくなります。けど、どんなふうに暮らすかというのは通常は国策には関わりなく各自が自由に決めるものなので、本質的に「郷に入っては郷に従え」で良いし、実際に社会ではそのように運用されています。
田原市 薪ストーブの使用にご注意ください
仙台市 薪ストーブからの煙が臭いです。規制はできますか。
山梨市 木質バイオマスストーブの適切な使用について
町田市 薪ストーブの悪臭について相談したい
苫小牧市 薪ストーブを使用中の方及び設置を検討されている方
柏市 野焼きについて
このように、結局は「当事者同士で話し合って解決」なのです。その根底にあるのは、よく言えば『地域の中で暮らす本人の主体性、それから地域としての主体性』という基本的な考え方だと思われます。繰り返しになりますが「暮らし」ということに伴う諸問題は、基本的に、そのような当事者の主体性によって解決されるべきものですから。
ここで、とりわけ薪ストーブという設備では、実務技術的に、煙や臭いをできるだけ少なくするには、本質的には使う人次第です。煙を出さないように、どのくらい努力し、配慮し……そしてそれを「継続するか?」という「主体性」に本質があります。主体性の軸は使用者本人と地域の人々との関係性。ですから一言で言って薪ストーブこそ「郷に入っては郷に従え」なのです
具体的には地域の側としては時間で規制をしても良いだろうし、総量規制のような要求になることもあるだろうし、地域の実情によって色々です。薪ストーブを使う側も、じゃあ、どこまで「郷に入っては郷に従え」に従うか、ということを、地域の実情を睨んで考えるだけです。
この「郷に入っては郷に従え」において、形式に基づく規制では第一になる本体の性能(達成している煙の排出量)はどれほど重要か?というと、それ自体は、それほど重要にはなりません。どんな高価な薪ストーブでもダメなものはダメ。
逆に、煙モウモウでも問題ないと使う人自身も地域の方も合意できるなら、別に煙の処理機構が全くない薪ストーブを使っても良いし、逆に、あるいは使う人として少しでも気兼ねなく暮らせて苦情をもらうこともないよう、煙の処理に関してより優れた性能を有する薪ストーブを選んでも良いのです。
ここで使う人として薪ストーブを自身の判断に合うよう、より適切に選択するために、例えば薪ストーブメーカーが「ダスト(ばいじん)排出量」等を具体的に公表している数値を検討するとか、実際のところを実機を見に行くとか、動画を探すとか、その努力は意味があると思います。
この努力は、薪ストーブ業界の「中の人」として思うに、使ったことのない人にとっては、むちゃくちゃ苦労する部分だと思います。煙を巡る情報に関しては売る側としても相当な「ご都合主義」があるのが実際のところですから。
製品として「〇〇分で無煙達成」とかには意味がない、と思いつつ
繰り返しになりますが、この選択の材料の目的として、形式に基づく規制で求められるように「定められた一律の燃焼条件でのばいじん排出量」が示されていれば、それはたとえチャンピオンデータであったとしても、ある程度の意味があります。
規制と違ってメーカーごとの判断による自主的なデータ提示になりますが、その数値があること自体が「選ばれる材料」にもなり得るでしょう。業界として「定められた一律の燃焼条件」の制定に取り組むことも、それはユーザーにとって一定の利益になるので、社会的に有意義だろうと思います。
薪ストーブの規制の原則論としては、以上に述べてきたようなことなのですが、しかしこれはこれで実態に合いません。何故なら「法規制がない」ということを良いことに「郷に入っては郷に従え」を全く無視する人がいて、昔と違って現在の世の中では、そういう「エゴ」丸出しの振る舞いをする人を排除する手段もほとんどないわけです。とりわけ都市部の住宅地で、この限界が顕著です。
そこで、ではどうすれば良いかというと、答えは結構シンプルで、地域のルールを地域で正式な手順で定めてしまえば良いのです。そうです、条例です。たぶん、薪ストーブは県条例のレベルでなく、市条例、町条例と言ったレベルが良いと思います。
だって、それぞれの地域に、地域独自のルールとして、そういう条例を定めることができる権限が与えられた議会って、ちゃんとあって、そのために政治家だっているわけですから……
本来は国富を生み出すために全国的に展開される事業活動を、地域の環境を守るために公平に規制するものとして法律に基づく環境規制があるわけですが、とりわけ事業所を進めたい側の依頼で実務をやっていて、私の経験上ですが、実は一番強力な壁として立ちはだかることがあったのが「市町村条例」です。
これって……要するに、この町では、この事業をやるな、出ていけ、ということだよね??……そんな凄まじい内容の市町村条例に、実は私はけっこう直面し、頭を悩ませてきました。あるのです、本当に、そういう条例。
事業者側が「この条例は法の下の平等に照らして事業者の権利を不当に侵害しており、違法だ」と裁判に訴えれば、たぶん勝てるレベルだったりしますが、そこまでは出来ないのが実情です。事業者にとってはかなり気の毒でしたが、条例の規制に耐えられず廃業に追い込まれた例も実際にありました。
地域の生活環境は地域で守る、本気でやろうと思えば実際にそこまで出来てしまうのです。「郷に入っては郷に従え」は、実は罰則付きで守らせることも可能なわけです。次回は、実際にそのような条例を比較的上手に定めて、薪ストーブの利用を規制している例をご紹介します。