「決められない病」の処方箋 〜イノベーションを止める“決断疲れ”からの脱出法〜
新しい技術をつくったのに、なぜか顧客には響かない——
研究開発部門の現場で、私は何度もそんな声を聞いてきました。
「いい技術なのに、なぜ伝わらないのか」
その問いに向き合い続けて、私は一つの“川”の存在に気づきました。
それが「魔の川」です。
魔の川とは何か?
魔の川とは、研究開発で生まれた技術(シーズ)が、社会や市場のニーズと結びつかず、事業化に至らない障壁のことを指します。
この川の向こう岸には、明確なニーズを持つ顧客がいます。
しかし技術者は、「この技術はすごい」と信じていても、それが“誰にとって何の価値があるのか”を語るのが苦手です。
一方で、営業やマーケティングの担当者は「お客様の困りごと」は知っていても、技術の可能性を“翻訳”できないことも多い。
ここに“断絶”が生まれます。
技術者と顧客は「ことば」が違う
技術者は「再現性」「精度」「効率」などのロジックで語ります。
顧客は「感覚」「使い心地」「生活へのインパクト」といった直感で語ります。
つまり、ロジックと言語で思考する“理系”と、感覚と物語で判断する“文系”が、対岸に立っているのです。
この2つをつなぐ「橋」をどうかけるか。
そこにこそ、イノベーションを形にする鍵があります。
魔の川を越える“共創”のアプローチ
1. 「顧客の声を聴く」のではなく「顧客とつくる」
アンケートやヒアリングも大切ですが、それ以上に重要なのは「共に手を動かす」こと。
プロトタイピングを通じて、顧客がリアルに触れながらフィードバックを返すプロセスでは、互いの理解が深まります。
2. 「正解を出す」より「意味を問う」
「この技術は何がすごいか」ではなく、
「この技術があって、誰がどんなふうに幸せになるのか」。
価値を“意味”として再定義する視点が、開発者の視野を広げます。
3. 通訳者=“越境人材”を育てる
技術と顧客、開発と経営、現場と戦略。
これらをつなぐ“通訳者”が、組織の中に必要です。
私は「越境者」と呼んでいますが、これは特別な才能ではなく、経験と視点の訓練で育てることができます。
私自身が見つけた「つなぐ力」
私がこれまで大企業の現場で感じてきたのは、自分が特別な技術者でも、特別な営業でもないという事実でした。
でもだからこそ、両者の言葉を聞き、思考の違いを理解し、あいだにある「扉」を見つけることができたのだと思います。
技術と人のあいだ。
理論と感情のあいだ。
「川」ではなく「扉」だと思えば、開ける手がかりは見つかるのです。
まとめ:「あいだ」をつなげば、世界は動き出す
イノベーションの本質は、“つくる”ことより“つながる”ことにあります。
魔の川にかかるのは、巨大な橋ではなく、小さな扉の連続かもしれません。
その一つひとつを、丁寧に開いていくことで、やがて可能性の道がひらけていく。
その鍵は、あなたの手の中にあるのです。
壁を越えるイノベーション実践録(5/50)
次回予告:
「技術」と「経営」のあいだにある“死の谷”を越えるには? 〜リスクとベネフィットをつなぐ視点〜



