「技術」と「人」のあいだに扉を 〜“魔の川”を越える共創のしかけ〜

釜剛史

釜剛史

テーマ:壁を越えるイノベーション実践録

新しい技術をつくったのに、なぜか顧客には響かない——
研究開発部門の現場で、私は何度もそんな声を聞いてきました。

「いい技術なのに、なぜ伝わらないのか」
その問いに向き合い続けて、私は一つの“川”の存在に気づきました。

それが「魔の川」です。



魔の川とは何か?


魔の川とは、研究開発で生まれた技術(シーズ)が、社会や市場のニーズと結びつかず、事業化に至らない障壁のことを指します。

この川の向こう岸には、明確なニーズを持つ顧客がいます。
しかし技術者は、「この技術はすごい」と信じていても、それが“誰にとって何の価値があるのか”を語るのが苦手です。

一方で、営業やマーケティングの担当者は「お客様の困りごと」は知っていても、技術の可能性を“翻訳”できないことも多い。

ここに“断絶”が生まれます。

技術者と顧客は「ことば」が違う


技術者は「再現性」「精度」「効率」などのロジックで語ります。
顧客は「感覚」「使い心地」「生活へのインパクト」といった直感で語ります。

つまり、ロジックと言語で思考する“理系”と、感覚と物語で判断する“文系”が、対岸に立っているのです。

この2つをつなぐ「橋」をどうかけるか。
そこにこそ、イノベーションを形にする鍵があります。

魔の川を越える“共創”のアプローチ


1. 「顧客の声を聴く」のではなく「顧客とつくる」
アンケートやヒアリングも大切ですが、それ以上に重要なのは「共に手を動かす」こと。

プロトタイピングを通じて、顧客がリアルに触れながらフィードバックを返すプロセスでは、互いの理解が深まります。

2. 「正解を出す」より「意味を問う」
「この技術は何がすごいか」ではなく、
「この技術があって、誰がどんなふうに幸せになるのか」。

価値を“意味”として再定義する視点が、開発者の視野を広げます。

3. 通訳者=“越境人材”を育てる
技術と顧客、開発と経営、現場と戦略。
これらをつなぐ“通訳者”が、組織の中に必要です。

私は「越境者」と呼んでいますが、これは特別な才能ではなく、経験と視点の訓練で育てることができます。

私自身が見つけた「つなぐ力」


私がこれまで大企業の現場で感じてきたのは、自分が特別な技術者でも、特別な営業でもないという事実でした。

でもだからこそ、両者の言葉を聞き、思考の違いを理解し、あいだにある「扉」を見つけることができたのだと思います。

技術と人のあいだ。
理論と感情のあいだ。
「川」ではなく「扉」だと思えば、開ける手がかりは見つかるのです。

まとめ:「あいだ」をつなげば、世界は動き出す


イノベーションの本質は、“つくる”ことより“つながる”ことにあります。

魔の川にかかるのは、巨大な橋ではなく、小さな扉の連続かもしれません。
その一つひとつを、丁寧に開いていくことで、やがて可能性の道がひらけていく。

その鍵は、あなたの手の中にあるのです。



壁を越えるイノベーション実践録(5/50)

次回予告:
「技術」と「経営」のあいだにある“死の谷”を越えるには? 〜リスクとベネフィットをつなぐ視点〜

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釜剛史
専門家

釜剛史(イノベーションコンサルタント)

株式会社あくるひ

企業研修、コーチング、技術経営コンサルティングの三つのアプローチでイノベーションを実践的に支援。富士写真フイルムやトヨタ自動車での実体験を基に、「横から目線」でクライアントの愉快創造を活性化します。

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