Mybestpro Members

都泰寛プロは山陰中央新報社が厳正なる審査をした登録専門家です

孫子の中核・2本目の柱|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑭

都泰寛

都泰寛

テーマ:孫子の兵法

必勝の方程式|「彼を知り、己を知らば百戦して危ふからず

 前回、「五事」の解説に一区切りつきました。今回からは冒頭で述べたとおり、『孫子』の眼目たる大見出しの一節について、お話していきたいと思います。表現こそ異なれども、古人も先人も明らかにするところは同じ、「相手を知れ」です。人物然り、事業然り。相手を知ることは、変幻自在な対応を可能にします。それでは、具体的な事例をとおして見ていきましょう。なお、事例については原則として五十音順に、人名・出来事を見出しとして表記しています。

アジアハイウェー建設プロジェクト


 

1959年に開催された第十五回国連アジア極東経済委員会において、「アジアハイウェー計画」が決議されました。シンガポールからイスタンブールまで結ぶ、6万5千キロに及ぶ道路を造ろうという計画です。日本から入札に参加したのは前田建設工業で、チェンマイ~ランパンの第二工区を落札し、プロジェクトは開始となりました。
 このプロジェクトの中、七つの橋づくりの現場が進まなくなってしまったことがありました。作業にあたる、タイ人との不和が原因です。
 

  • サボるタイ人を怒鳴りつける→作業につかなくなる。
  • 事務の手伝いに来ていたタイ人の頭をたたく→激昂し、荷物をまとめて帰る。

といった問題が続発したのは、「タイ人(彼)」を知らなかったためです。現在ほど異文化交流や理解がなかった時代とはいえ、現地の人たちと共同して事にあたる以上、キチンと知っておくべき要素でした。日本人を相手にするような、普段の感覚でタイ人にも接したため、他の問題も次々起こり、プロジェクトは窮地に陥ってしまいます。そんな中、このタイ人との不和を解決に導いたのが、インパール作戦で生き残った、元日本兵です。
 

  • タイ人は自主性を重んじる民族であること。
  • 誇り高い民族ゆえに、人前で怒るようなことをしてはならないこと。
  • タイ人にとって、頭をたたかれることはお尻を触られるより屈辱であること。

その日本人のおかげで「タイ人(彼)」を知ることができたプロジェクト。深い溝は目に見えて埋まり、石垣の如き団結力を発揮したのです。工事完了後の一斉検査では、イタリアの会社が担当した第一工区は三十か所ものやり直し見つかった一方で、前田建設工業が担当した第二工区のやり直しはわずか一か所。「タイ人」をキチンと知ることがなかったならば、これほどの成果は出なかったに違いありません。これが、日本人の組織力です。プロジェクトの詳細は、ご自身で参照ください。
(プロジェクトX制作班・編『プロジェクトX』26巻)108頁~156頁

古代中国の名宰相・晏子

 古代中国春秋戦国時代。東の大国・斉に宰相として仕えていたのが、晏子です。霊公・荘公・景公の三代に仕え、その評判は国内に留まらず、諸侯にも知れ渡るほどの賢宰相として、今日に伝えられます。最も長く仕えたのは景公で、お世辞にも聡明とは言えない君主でありましたが、互いに「よく知る」間柄でありました。『晏子春秋』に記される、景公との逸話を一つ見ておきましょう。
 

 ある時、景公の愛馬が突然死んでしまいました。景公は怒り、世話係を支解の刑に処することを命じました。これは手足を切断して死に至らしめる残虐な刑罰です。まさしく執行されようとした時、晏子は景公に対し
「古の聖天子である堯舜は、どの部位から支解を行いましたか?」
と尋ねました。この言葉に景公は動揺し、「これは私が始めたことだ」と答え、執行を取りやめてしまったのだ。何故か―
 先に述べたとおり、互いによく知る関係であった晏子は、景公が能力や資質に欠けていても、
「堯舜のような名君となり、後世に名を残したい」
と日頃から願っていること、またよく進言を聞き入れることなどを理解していました。故に、
「あなたがあやかりたいと願う堯舜は、支解の刑を執行したことがありましたか?」
というような婉曲的な表現を用い、直接止めさせることはしなかったのです。景公の反応は、晏子が言わんとするところを察したからに他なりません。
 遠回しに言うことが良いこともあれば、ズバリ直言することが適切な時もあります。比喩を用いて理解させる手法もあります。適切に進言・諫言をしようとするならば、「彼を知ら」ないことには始まらないのです。           (谷中信一・『晏子春秋』)上巻139頁~142頁

 余談ですが、愛馬が突然死んでしまい、景公が激怒して担当者を処罰しようとするこの一件。なんと帝王学の教科書『貞観政要』にも同様の一件があったことが記されています。興味がある方は、是非ご覧いただきたいと思います。
 今回はここまでといたします。続きはまた次回に。

\プロのサービスをここから予約・申込みできます/

都泰寛プロのサービスメニューを見る

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

都泰寛
専門家

都泰寛(講師)

株式会社因幡古典探究舎

漢学や古典を多様な視点からわかりやすく読み解き、ことわざや近現代の書籍、ビジネス書なども活用して講座や勉強会を開催。教養や読解力を身に付けるだけでなく、教育やビジネス、実生活に役立つ学びの場を提供。

都泰寛プロは山陰中央新報社が厳正なる審査をした登録専門家です

関連するコラム

プロのおすすめするコラム

コラムテーマ

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

教育やビジネス、生き方のヒントとなる漢学の魅力を伝えるプロ

都泰寛プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼