リーダーに最も必要となるもの|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑪
法―「曲制・官道・主用」 組織統制の基本

どの国へ行き、どの場所へ行っても、基本的に明文化された決まり事があります。組織もまた然りで、何事も集団で動く以上、規則や規範といったものはどうしても必要なものです。それが「法」になります。国家ならば憲法・法律、企業ならば就業規則・運営規則、学校ならば校則など、多岐にわたります。繫文縟礼は避け、できるだけ最低限におさえるのが理想なものです。
法の運用も中庸を心掛けるべし
あまりにも法の運用が厳格に過ぎ、失敗した事例としては、古代中国の秦が有名でしょう。秦は法家思想を採用し、商鞅が推し進めた改革は、今日「商鞅の変法」として知られています。法治を徹底させるために、罰則に王侯貴族とて例外を設けなかったことで、権力者の恨みをかっていた商鞅はやがて失脚し、追われる身となります。逃亡先で一泊しようとした際、目前に本人がいるとは思いもしない宿の主人から「旅券を持たない者は泊めることはできない。これは商鞅の定めた規則であるから」と言われ、
法を爲すの弊、一に此に至るか(林秀一・著『十八史略』)上巻151頁
(大意)厳しい法律の弊害が、かかる結果をもたらすことになるとは…
と嘆いたのはあまりにも有名でしょう。結局逃げられなかった商鞅の最期は悲惨なもので、自らが定めた「車裂きの刑」という残酷極まる方法で処刑されるという、なんとも皮肉なものでした。
古語に「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とありますが、度を越してしまえば足りないも同然です。偏らない中庸が大切なのは法に限った話ではありませんが、「法」のみで組織を運営しようとすれば、いつの時代も商鞅と同じ轍を踏むことになりかねません。これを、次のように教えられます。
國將に亡びんとするや、必ず制多し。(鎌田正・著『春秋左氏伝』)3巻1301頁
(大意)国家が滅びようとしている時には、必ず規則が多くなる。
組織が破綻しかけていると、統制が乱れます。命令は履行されず、上下はバラバラになり、末期の様相を呈してくることになります。これを打開するにはただ一つ。規則で徹底的に管理するしかなくなってしまいます。この故に、潰れかけている組織には、「必ず制多く」なるのです。
「法」は大事なものでありますが、苛烈・煩雑でないことが理想であると先に述べたとおりです。これに関して、事例を見ておきましょう。
漢の高祖・劉邦の法三章
漢の高祖・劉邦がまだ項羽と覇権を争っていた時分、秦の首都・咸陽に入った際のこと。現地の人々を集め、
「人を殺した者は死刑、傷つけるまたは盗む者は、相応の罪とする。法はこれだけである」
と布告したところ、皆歓喜しました。秦は法家思想を採用し、徹底した法治によって覇者となったことは知られていますが、あまりにも行き過ぎていたのです。原則として1人が罪を犯した場合、三族※1のみならず近隣住民までもが連座の対象※2となった他、
- 政治への批判は三族皆殺し。
- 先王の法を話し合うだけでもさらし首。
といったものがありました。なかなか類を見ないほど苛烈極まるものだったことを理解すれば、実際に他の法があったかどうかはさておき、「法は三つのみ」という布告に喜び、劉邦が大きな支持を集めたことも納得できることでしょう。
※1 三族…父、母、妻の一族。
※2 (吉田賢抗・著『史記』)2巻532頁
時代が同じなので、陳勝と呉広が起こした、中国史上初の農民による反乱も見ておきましょう。これもまた極端な法に原因がありました。
労役のため、集合場所へ向かっていた陳勝の1行でしたが、折からの雨によって河川が増水し、渡ることができなかくなってしまいました。秦の法によれば、集合期限に遅れた場合は例外なく死刑です。それは、自然災害や突然の事故・病気といった、所謂「やむを得ない事情」は一切考慮されないというものでした。逃亡しても死刑となるため、集合場所へ向かおうが逃げようが、死が約束されてしまったのです。この決起を招いたのは、商鞅が嘆いた「法を爲すの弊」に他なりません。世を治めるはずの法律が、世が乱れる反乱を惹起することになるとは、皮肉なものでありましょう。
中上川彦次郎
中上川彦次郎は今日「三井中興の祖」として知られる実業家です。時事新報や山陽鉄道の社長として活躍した後に三井へ入り、三井の工業化を推し進め、三井銀行が抱えていた莫大な不良債権処理を断行するなど、大改革を成し遂げた人物として知られています。
殊に先生は、平常の執務法には簡便敏捷を主とされ繫文縟礼を嫌悪された。当時銀行にあつた規則等には繫文縟礼に関するものが多く、(中略)何事にも簡単になることには反対をされなかった。(日本経営史研究所・編『中上川彦次郎伝記資料』)505頁
ここでは、中上川が普段から形式や手順の煩雑さを嫌い、何事も簡素にしていたことが語られています。規則が複雑で面倒であれば、素早い決定や実行はできません。三井改革が断行できた要因の1つは、この姿勢にあったと言ってよいでしょう。具体的な改革―例えば、不良債権処理の如きは、白柳秀湖・著『中上川彦次郎傳』の中で、東本願寺への貸付金回収や第三十三銀行前橋支店への貸付金回収など、六つの困難な整理が挙げられています。興味がある方は、是非ご自身で参照いただきたいと思います。。
以上が、知る者は勝ち知らない者は負けるという五事です。孫子は特に言及していませんが、「將」が最も重要であることを知る者は多くありません。その理由は…次回へ続きます。
今回はここまでといたしますが、「五事」を扱ったコラム記事を、如何に列記しておきます。
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