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部下のやる気を高め、勢いを引き出すリーダーシップ「兼聴―意見の求め方」|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑩

都泰寛

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テーマ:孫子の兵法

組織運営に大きな影響を与える、意見の求め方

 孫子が説く、リーダーに必要な5つの要素・「五事」。まだまだその1つ「将の利」の解説であることを忘れないでいただきたいと思います。今回はリーダーシップに必要となる、「意見の求め方」について、帝王学の教科書『貞観政要』を参照しながら見ていきましょう。

意見集約の姿勢|「兼聴」

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 「兼聴(けんちょう)」とは、兼ねて聴くこと。つまり、誰彼の隔てなく意見を求めることを言います。帝王学の教科書『貞観政要』と歴史書『戦国策』に次のように説かれます。

太宗、魏徴に問ひて曰く、何をか謂ひて明君・暗君と爲す、と。徴對へて曰く、君の明かなる所以の者は、兼聽すればなり。其の暗き所以の者は、偏信すればなり。詩に云はく、先人言へる有り、芻蕘に詢ふ、と。(原田種成・著『貞観政要』)上巻32頁

(大意)太宗が魏徴に「明君と暗君を分けるものは何か」と尋ねた。魏徴はそれに対し、「広く意見を求めれば明君となり、偏って意見を求めれば暗君となります。『詩経』に、先人は身分の低い者にまで意見を求めた、とあります」と答えた。

聽くと者、國に聽くなり。必ずしも實を聽くに非ざる也。故に先王は諺言を市に聽けり。(林秀一・著『戦国策』)下巻1141頁

(大意)意見を求めるとは、特定の者ではなく、広く求めることを言います。その際、事実のみに限ることはありません。だから、先王は市場のはやり言葉も聞いたのです。

 「餅は餅屋」と言われるように、相談するなら専門家が良いでしょう。しかし、詳しい者「のみ」に尋ねるのは、右記のとおり「偏信」です。素人にまで尋ねる必要がどこにあるのか―この疑問には一理ありますが、まずは専門家と素人では、それぞれ次のような強み・弱味があることを理解する必要があります。

  • 専門家…深く通暁する分、視野が狭くなりがち。斬新・柔軟な発想に乏しくなる。
  • 素人…知識に乏しく理解が浅い分、視野は広く、行動的。

専門家だからといって常に的確な考えが出るわけではなく、間違えることもあります。また素人だからといって、的外れなことばかり言うわけでもありません。これを古語に「賢者の一失、愚者の一得」と言います。この故に、國に聽く専門家から素人まで、新人から熟練まで、広く意見を求めるべきことを言うのです。聞いて採用しないことはあっても、最初から聞きもしないのは論外です。これを、次のようにも教えられます。

固より受けて用ひざること有るも、惡んぞ拒みて受けざる者(こと)有らんや。(谷中信一・著『晏子春秋』)上巻187頁

(大意)無論、聞いて検討した結果採用しないということはあっても、どうして聞きもせずに拒絶することがありましょうか。
 また、浜口雄幸は次のように述べています。

扨(さ)て、前に申したやうに、別異の人達に應接し、別異の意見を聞くに當つて、何も始めから牆壁(しょうへき)を設け、鐵條網(てつじょうもう)を張つて、之を撃退、又は防禦するには當らない、それ程狭い量見では大事は爲せない。一々謹んでそれらの意見や進言を聽くべきである。決して
損をすることのないのみならず、却て大いに参考として利益になるのである。(中略)
人言を聞くに當つて、其の見所の當れりや否やを判斷して、少しも凝滞せざるだけの物
差は確と自己の頭の中に蓄へて居なければならぬ。特に公人に於て然りである。公人としての地位が上進すればする程、此の判斷力を要する場合が益益多くなる。是即ち大成を期する人間に敎養の必要なる所以である。(濱口富士子・編『随感録』)97頁

この言葉の要点は以下のものになります。

  • 初めから聞こうともしないのはいけない。
  • 謙虚に聞くことで、自分のためになる。
  • 意見から判断を下すためには、教養が大事であること

北宋の政治家・欧陽脩(おうようしゅう)の言葉も見ておこう。

學問有る者は、必ず能く是非を辨ず。(遠藤哲夫・著『唐宋八大家文読本』)3巻147頁

(大意)学問教養がある者は、正確に判断することができる

 上になればなるほど求められるのは、意見を多く聞き、判断する力。そのためにも学問教養は必須であり、「身を修める」ことが重要になるのです。本項の最後に、「明治」の元号は「兼聴」の重要性を教えたものが出典になっていることを見ておきましょう。

聖人、南面して天下を聽き、明に嚮(むか)ひて治む。(今井宇三郎、堀池信夫、間嶋潤一・著『易経』下巻)1740頁

(大意)君子が天下に意見を聞くことで、世は明るく、平和に治まる。

 今回はここまでといたします。次回はリーダーシップに最重要な要素「信用」について、お話したいと思います。帝王学の教科書『貞観政要』は、『孫子』の「五事」に収まる―少しずつでも実感いただければ幸いです。

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都泰寛(講師)

株式会社因幡古典探究舎

漢学や古典を多様な視点からわかりやすく読み解き、ことわざや近現代の書籍、ビジネス書なども活用して講座や勉強会を開催。教養や読解力を身に付けるだけでなく、教育やビジネス、実生活に役立つ学びの場を提供。

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