組織運営や人材招致・教育・育成などに悩む、経営者や管理職が最後にたどり着く古典―それが『貞観政要』や『孫子』です。
組織は優秀な人材がいるだけでは効率的に機能しない
世の中の経営者やリーダーの中には、できるだけ優秀な人材ばかりで組織を固めたい―そのように考えている方もあるかもしれません。しかし、人の賢愚美醜は三者三様・十人十色・千差万別です。賢者ばかり集まっている組織がなければ、愚者しかいない組織もありません。つまり、組織もまた賢者もいれば愚者もいる。さらにその程度もまたそれぞれ異なる。そんな種々様々な人が集っているのが現実です。
そこで、重要になるのが「人材活用術」になるわけですね。これもまた、リーダーシップや組織マネジメントに数多くの方法が提示されているのと同じように、たくさんの活用論が存在します。ここでは、帝王学が根底にある「人材活用の考え方」を提供したいと思います。
易経の言葉を「人材活用論」の土台に!
実際の人材活用を考える際に、常に念頭に置くべき教えが、四書五経の1つ『易経』にあります。これを「聖人は人を易へずして治む」と言います。帝王学の教科書『貞観政要』にも引いてあるものです。
「優れたリーダーは、劣った人を上等な人と交換して組織を治めたのではない」―勢いや持続性など、組織の未来を決めるのは人材の「数」ではなく、「活用法」です。これに関して、「鬼の名工」と呼ばれ、薬師寺金堂の再建チームの宮大工たちを率いた名棟梁・西岡常一の言葉を聞きましょう。
「建物はよい木ばかりでは建たない。北側で育ったアテというどうしようもない木がある。しかし、日当たりの悪い場所に使うと、何百年も我慢する、よい木になる」
木にさまざまな癖があるように、人間にもさまざまな人がいる。それがうまく組み合わさってこそ、はじめて立派な仕事ができる……(NHK「プロジェクトX」制作班・編『プロジェクトX』5巻 53頁)
易経の文言を、さらに掘り下げよう!
人の用い方について、名工・西岡常一の言葉を紹介しました。これを帝王学の観点から、さらに深めてみましょう。肝要な点は2つです。
長所を取りて短所を捨てよ
まずは1つめ。人には必ず長所があれば短所もあります。また、長所と短所は往々にして表裏一体のものです。例えば、「優柔不断である」ことは、裏を返せば「慎重である」ということ。「即断即決」は、裏を返せば「短絡的」とも言えます。これを踏まえたうえで、短所を把握しつつも長所を発揮できるように采配する―「短所を捨てよ」とは、「短所に目をつぶれ」ということではありません。しっかり把握したうえで配置したり、仕事を任せたりすることが、リーダーに必要な能力となるのです。
人は「そのまま」用いるべし
まずは『プロジェクトX』より、法隆寺の大工に伝わる口伝を見ていきましょう。
その口伝の一つに、「木は生育の方位のままに使え」というものがある。生育の場所によって木にはさまざまな性質があるので、建物に使うときにもその性質に沿った使い方をせよ、ということである。(前掲書 54頁)

人は「そのまま」用いるべし、と見出しにありますが、「そのまま」とはどういうことか。「その性質に沿った」ことを言います。長短所に限らず、得手があれば不得手があり、向きがあれば不向きがある―このようなことを踏まえたうえで、「そのまま」用いるのが、優れたリーダーです。そのようなリーダーを育成するのが帝王学であり、『貞観政要』や『孫子』の兵法になります。これらの根拠を、中国古典に求めてみましょう。
猿・獼猴も木を錯きて水に據らば、則ち魚・龞に若かず、険を歴危ふきに乗らば、則ち騏・驥も狐・狸に如かじ。(林秀一・著『戦国策』上巻 452頁)
遊説家また賢人として知られていた、魯仲連(ろちゅうれん)が、気に入らない食客を追い出そうとした孟嘗君(もうしょうくん)を戒めた言葉です。
(大意)猿も木から離して泳がせたならば、魚や亀に及ばない。千里を走る名馬も、ゴツゴツした険しい難所を走らせたならば、キツネやタヌキに及ばない―
手先の器用さが求められることに不器用な者を当てて、うまくいくはずがありません。慎重さが必要な場面で猪突猛進な者を当てて、うまくいくはずがありません。「彼を知る」―長短所や得手不得手、向き不向きをキチンと把握したうえで、その性質に沿うように采配する。非常に高い練度が求められるものですが、これこそが一流のリーダーシップです。お話足りませんが、今回はあくまで番外編。その実例を1つ取り上げて、終わりにしたいと思います。
晴信、諸士に必ず釣合と曰ふことをせり。馬場信房は、寡言の者にて、權高し、故に物輕く言て埒明くる、内藤昌豊に組ませ、山縣昌景は性急にて、敵と見ては、一箇の勢にても驅べき者なり、故に高坂昌信が如き、先づ慮て後働く者と組ませて用ひたり。又猿渡丹下と曰ふ者あり。又何某と曰ふ者あり。晴信兩人を同役に申付て曰く、何某は情剛なる者なり、丹下は柔和なる者なり、之に依り、少しの負を恥とせず、兩人相和せば、水火の物を煑るが如く成るべしと。果して目利の如く、相和して職事能く治まれり。(岡谷繁實・著『名将言行録』前篇)230p
名将・武田信玄は、部下の采配する際に、「釣合」―必ず適切な組み合わせを考えて行っていたことが記されます。口数少なき者には、比較的よく話ができ、意思疎通をはかりやすい者と―勇猛果敢だが頭より先に体が動く者には、まずは思慮を巡らせてから動く者と―
長短所を把握し、生来の性質をよく踏まえたうえで人材を活用していた、武田信玄の姿が知らされます。「戦国最強」の誉れは、このような組織運営・人材活用によって得られたものであることを、よくよく知ってください。これこそが、『孫子』を無敗の方程式足らしめている要素なのです。



