人を心服させる、リーダーシップの重要性―事例集|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑨ー3
リーダーの心得|人は「心服」させよ
『孫子』の「将の利」と、帝王学の教科書『貞観政要』との関係について、指摘する解説はありません。『貞観政要』と内容は重なりますが、解説は重ならないようにしたいと思います。
さて、君道と申しますは「君たるの道」のことで、リーダーの心構えを教えたものです。何度も述べてきたことですが、この言葉は『貞観政要』という古典に教えられています。本コラムでも、帝王学の教科書として頻出の典籍ですね。
君たるの道は、必ず須く先づ百姓を存すべし。(原田種成・著『貞観政要』)上巻29頁
(大意)指導者は、必ずまず人を大事にしなければならない。
どんなものかと言いますと、大意のとおり「人を大事にする」ことです。なんだそんなことか―こんな声が聞こえてきそうだが、言うは易いがするは難い。これは心から大事に思うことを言います。ただ物質的な待遇を良くしたり、心にもない気遣い・配慮をしたりすることではありません。何故かと言いますと、それを理解するには、まずは心と口・体の関係を理解する必要があります。これは中国古典ではなく、仏教に説かれています。
人間の行動は、身・口・意の3通り
仏教では、人間の行いは
- 心で思うこと。
- 体で行うこと。
- 口で言うこと。
この3つあると教えられます。これを「身・口・意の三業」と言いますが、最も重く見られているのは「心」です。このことを、以下に分かりやすく解説されています。
「心」が命じないことは「口」は言いません。「心」に反することは「体」は動きません。「口」や「体」の行動は皆「心」の指示です。(高森光晴、大見滋紀・著『人生の目的』)92頁
心が大事に思っていなければ、温かい言葉や優しい声掛けが出来るはずがありません。同様に、人の負担を少なくしよう、しっかり休めるようにしよう、手厚く報いよう、そのような対応が出来るはずがないのです。人を消耗品程度にしか思わない心から、これらの行動を実施したところで、本音は態度に出てしまいます。
- 口調は優しいが笑っていない目。
- 言葉は柔らかいが睨みつける目。
- 待遇は悪くないが、見合わない成果を求めてかける重圧。
- 「こんなにしてやっているのに」飛び出るさもしい言葉。
気が付かないのは行動している本人だけです。された方はと言えば、かかる「本音」を「言動」をとおして見ることになります。上の者をどう認識するようになるか、それを孟子は次のように教えます。
君の臣を視ること土芥の如くなれば、則ち臣の君を視ること寇讎の如し、と。(内野熊一郎・著『孟子』)281頁
(大意)リーダーが部下をゴミのように思っていると、部下は指導者を親の仇のように思うようになる。
こんな状態では、上の者と下の者が一心になる「君臣一体」は程遠くなります。まことに心から人を大事にしない限り、君臣は「合体」以上の関係になることはありません。先の言葉以外にも、孟子はそのことを大いに力説しています。
力を以て人を服する者は、心服に非ざるなり。力贍らざればなり。徳を以て人を服する者は、中心悦びて誠に服するなり。(前掲『孟子』)104頁
(大意)力を以て人を従わせる者に、心から服する者はいない。力が足りないゆえに、やむなく従っているに過ぎない。仁徳を以て人を従わせる者には、人は心から喜び、心服するのである。
至誠にして動かさざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者は有らざるなり、と。(前掲『孟子』)259頁
(大意)真心を以てすれば、動かせないものはないのだ。それなくして、よく人を動かしたなどということは、聞いたことがない。
善を以て人を服する者は、未だ能く人を服する者有らざるなり。善を以て人を養ひて、然る後能く天下を服す。天下心服せずして王たる者は、未だ之れ有らざるなり、と。(前掲『孟子』)291頁
(大意)従わせることを目的に善を行う者で、よく人を従わせたなどという話は、未だかつて聞いたことがない。人を大事に思い、善を修めて教え導いてようやく、人々を心服させることができるのだ。天下中の人々を心服させることなくして王となった者を、私は未だかつて聞いたことがない。
食(やしな)うて愛せざるは、之を豕交(しこう)するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將(おこな)はざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虡拘(きょこう)す可からず、と。(前掲『孟子』)474頁
(大意)人にただ報酬を与えるだけで大事にしないのは、豚として交わっているようなものである。大事にしていても、それが上辺だけのものならば、家畜として飼っているようなものである。そもそも、心から大事にするというのは、物質的な待遇以前の話。物が豊かであっても真心がなければ、君子を引き留めることはできないのだ。
君たるの道は、必ず須く先づ百姓を存すべし―目に見えないようで、様々な形として目に見えるのが心です。その大事な心構えを教えたものが「君道」であること、ご理解いただけたでしょうか。NHKの名番組・プロジェクトXのプロデューサーを務めた、今井彰の言葉もみておきましょう。
資源なき国、日本にとって、最も大切なのは、`人`。人を大事にする国でなければならない。(プロジェクトX制作班・編『プロジェクトX』)11巻7頁
プロジェクトXで取り上げられた内容は、ほぼ全て人を大事にしたものになっているのは、プロデューサ―の姿勢と無関係ではないだろう。
また、真心も見える形となって現れますが、これを次のように言います。
中に誠なれば、外に形はると謂ふ。(前掲『孟子』)53頁
(大意)本当に真心があれば、それは外に現れるのだ。
したがって、「あなたたちのことは、心から大事に思っているんだよ」という言葉は不要になります。言葉にしなければ伝わらないのは、「見える形」として表面に出ていないだけであり、それはつまり、心からそう思っていない証拠です。
ここでその事例をみたいところですが、長くなりましたので今回はここまでといたします。



