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『孫子』を「最強の兵法」足らしめる、最重要事項|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑨

都泰寛

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テーマ:孫子の兵法

組織運営の基礎は、道徳に在り

 「五事」の1つ、「将の利」。これこそが、『孫子』を世界最高の兵書に昇華させている項目になります。リーダーシップの肝であり、組織マネジメントの要であり、経営者やリーダーが知りたい、ビジネス書としての真価がここにあります。拙著『孫子』の「五事」で最も紙幅を割いており、単独の項目の中でも1番詳細に解説しているのが、「将の利」です。

帝王学の教科書『貞観政要』の教えが、丸々この「将の利」に収まる―この1言だけでも、「五事」の中でも別格のものであるかがお分かりになるかと思います。すべての経営者やリーダーの方々へ向けて、この教えをお話していきましょう。

將―「智・信・仁・勇・嚴」これに過ぎたる利はなし

 「五事」の四つ目、「將」の利。これは、リーダーが仁・義・礼・智・信の五つの徳目を身につけていることを言い、この五つを「五常」とも言います。『孫子』では智・信・仁・勇・嚴となっていますが、意味するところは同じです。平たく言うと、「身を修める」ことを言います。
 山梨勝之進※1は、曾国藩※2の用兵に関する講話※3のなかで、「用兵は道徳を基礎とす」という曾国藩の思想を、「力を兵法に得るにあらず、すなわち力を道徳に得る」という西太后の批評を参照しつつ、諸兵学とは一線を画するものだと称賛しています。しかし冒頭で述べたとおり、『孫子』は「彼を知り、己を知らば、百戦して危うからず」に極まる教えであり、それは「五事」の一つ「將の利」が大前提です。つまり『孫子』こそが「道徳を基礎」にしている唯一の兵法書なのです。したがって、非常に重要な要素ではありますが、膨大な量になってしまうため、ここで全てを解説することはできません。拙著『人格修養のすすめ』は、この「將」の利を解説したものでもありますので、詳細はこちらを参照してください。ここでは、前掲書に沿い、その中で取り上げることができなかった内容を中心に触れていきたいと思います。リサイズ版

修身―リーダーシップを高める研鑽

 仁・義・礼・智・信の「五徳」の先駆けとなるのは、孟子が説いた「四徳」と言われるものです。

惻隠の心は、仁の端なり。羞惡の心は、義の端なり。辭譲の心は、禮の端なり。是非の心は、智の端なり。(内野熊一郎・著『孟子』)111頁

(大意)憐れむ心は、仁の始まりであり、不義を恥じ、悪をにくむ心は義の始まりであり、人に譲る心は礼の始まりであり、是非を明らかにする心は智の始まりである。
これに「信」を加えたのが「五徳(五常)」です。ご覧のとおり特別なものではないし、大変な修行でもありません。普遍的かつ日常的に実践していくことができるものばかりです。身を修めるとは、このようなことを学び、実践して身につけることを言います。組織を運営していく要諦は、ただこれだけです。このことを、次のように教えられます。

昔、楚、詹何を聘し、其の國を理むるの要を問ふ。詹何對ふるに身を修むるの術を以てす。楚王、又、國を理むること何如と問ふ。詹何曰く、未だ身理まりて國亂るる者を聞かず、と。(原田種成・著『貞観政要』)上巻31頁

(大意)かつて、楚王は賢人の詹何を招き、国家を治めていく要諦を問いました。詹何はただ「身を修めることです」と答え、重ねて問う楚王に対して「未だかつて、君主が身を修めていて国家が乱れたという話を聞いたことはありません」と答えました。
君主は身を修め、人を大事にしなければならない」―この信念のもとに己を戒めてきたことを述べた太宗・李世民に対し、魏徴が故事を引き、太宗が明らかにしたことは、古の聖哲と相違ないものであると応じたものです。そんな太宗とて煩悩具足の凡夫に変わりはありません。決して少なくない失敗から学び、それらを乗り越え、倦むことなく「身を修め」続けたからこそ、今日の誉があるのです。
 長くなりますので、今回はここまでといたしまして、続きはまた次回にお話します。

※1 山梨勝之進(1877~1967)…海軍大将。旧帝国海軍の穏健派を代表する1人。博学多才で、戦後まで陰に陽に活躍した。
※2 曾国藩(1811~1872)…清朝の政治家・軍人。李鴻章と共に、太平天国の乱の鎮圧に貢献。思想家としても国内外で知られる。
※3 山梨勝之進・著『歴史と名将』365頁~367頁

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都泰寛(講師)

株式会社因幡古典探究舎

漢学や古典を多様な視点からわかりやすく読み解き、ことわざや近現代の書籍、ビジネス書なども活用して講座や勉強会を開催。教養や読解力を身に付けるだけでなく、教育やビジネス、実生活に役立つ学びの場を提供。

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