部下のやる気を高め、勢いを引き出すリーダーシップ「兼聴―意見の求め方」|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑩
一枚岩の組織はこんなことも可能にする
先回の続きになります。今回は事例の続きとして、島津義弘の「木崎原の戦い」を見ていきましょう。
木崎原の戦い~10倍以上の戦力差に打ち勝った組織力~
これは現在の宮崎県えびの市にて、伊東義祐と島津義弘との間で行われた戦いです。今日、古戦場跡として、関連史跡が県の指定文化財となっています。宮崎県へお越しの際は、訪れてみると良いでしょう。
1572年、伊東義祐率いる3000の軍が、島津家の加久藤城へ押し寄せました。突然のことで、島津義弘が動員できたのは、城兵含めて三百人に満たない数。義弘は、少ない兵数をさらに分散する作戦を立てます。
60人を城の救援に向かわせ、40人を付近にある白鳥山の麓に伏せ、残りを本隊として自ら率い、10倍の敵を相手に攻撃を開始しました。
- 後退し、木崎原へ敵兵を誘き出す。
- 白鳥山の伏兵が背後から攻撃。
- 浮足立ったところに義弘率いる本隊が反転攻勢。
- 城兵が加わる。
中国古典に学ぶ会の解説板書
大きな被害を出しながらも、島津勢の勝利で幕を閉じたのが、この戦いです。
釣り野伏せ|言うは易く行うは難い極致
義弘が得意とした「釣り野伏せ」と呼ばれる作戦は、「相手を開けた空間に釣り出し、伏兵で3方を囲んで叩く」というもので、文字にすると単純なものになります。「なんだ、そんな難しくないな」―そう思われる方は多いでしょう。しかし、この作戦を実行する際には、例えば
- 作戦目的と手段の正確な理解。
- 離れていても通じ合う信頼関係。
- 伏兵が動くタイミング。
- 城兵との連携。
などといった条件が揃っていなければできません。目的と手段を一人でも理解していなければ、一糸乱れぬ動きは不可能です。伏兵が動き出すタイミングも、早すぎては「ただの少ない援軍」にとなって不意打ちにならないし、遅すぎては陣形が整わないうえ、本隊が壊滅する危険があります。また城兵がモタモタしていては、「浮足立った」好機を逃してしまうことになります。全体の極めて高い練度の他、リーダーと部下との不動の信頼関係が要求されるのが、この作戦です。この戦闘の直前に、義弘は
「戦の勝敗は数の多少ではない。将兵が一丸となって勇気を奮って戦えば必ず勝てる。この義弘に命を預けよ」(前掲『その時歴史が動いた』)20巻119頁
と述べています。戦いは数で決まりますが、同時に数では決まらないものです。「俺に命を預けろ」と言われても、普段から人を大事にすることのないような仁徳なきリーダーに、決死の覚悟でついていく者はいませんね?その言葉どおり、一丸となった組織|君臣一体の石垣の如き関係だったからこそ可能だった勝利なのです。言葉を変えるならば、どんな窮地に陥っても、この関係にある組織は必ず突破することができます。
余談|囲むのはどうして3方?
釣り野伏せの説明で、「3方」を囲むと言いました。「完全包囲じゃないの?」と思われた方もあるかもしれませんね。「3方」です。クラウゼヴィッツの『戦争論』的観点からすれば「完全包囲」のうえでの「殲滅」が正解ですが、『孫子』的観点からすれば全く異なります。つまり、これには重要な理由があるわけですね。
完全包囲は下策|クラウゼヴィッツの『戦争論』の欠点

「背水の陣」ということわざ、皆様もご存じかと思います。漢の高祖・劉邦の三傑の1人、韓信に出典を求めることができるこの古語は、「退路を断って全力でことにあたる」という意味です。4方、則ち「完全包囲」してしまうとどうなるか。相手を「背水の陣」にしてしまうことになります。退路が断たれ、追い詰められた人間が出す力は凄まじいもので、これを世に
- 火事場の馬鹿力
- 死に物狂い
- 死力を尽くす
- 窮鼠猫を嚙む
などと言われます。相手の全滅を狙い、包囲して追い詰めると、必然的にこちらの損害も甚大なものになる―敵の全滅を是とするクラウゼヴィッツの『戦争論』には、このような重大過ぎる欠点があるのです。全滅した日本軍の守備隊を上回る死傷者を、アメリカ軍が出した硫黄島の戦いは、その典型と言えます。
孫子の柔軟さ
一方、『孫子』は
- 戦わずして勝つ
- 殺さずして勝利する
- 心を攻める(戦意を喪失させる)
といったことを重視する兵法になります。つまり、「3方」というのは、「相手が落ち延びるための退路」を確保するためのものです。「相手に死力を尽くさせない」とも言えましょう。このゆえに、『孫子』は極めることで、リーダーシップに求められる、変幻自在な柔軟さをもたらしてくれるのです。
今回の内容は、ビジネスにそのまま応用可能なものになっている他、人生においても実践して役立てることができるものとなっています。
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今回はここまでといたします。



