リーダーに最も必要となるもの|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑪
組織マネジメントの考え方|「石垣論」を理解しよう
先回の続きです。今回は、組織マネジメントの考え方の基盤とすべき三越創始者・日比翁助の「石垣論」を見ていきましょう。
更に日比が三越に對する最後の奉公とも目すべきは、三越の青少年店員を叫合して石垣會を組織せしめ、「石垣論」を提唱したことであろう。(星野小次郎・著『三越創始者 日比翁助』)270頁
(大意)さらに、日比翁助の、三越に対する最後の奉公としても注目すべきは、三越の従業員をまとめて石垣会を組織し、「石垣論」を提唱したことだろう。
城の土台を形成する石垣は、城郭全体を支えるべく、巨石から小石に至る大小様々な石を組み上げて盤石に造られています。ちょうどそのように、上は重役(巨石)から下は新人(小石)に至るまで、「心からなる結合」をすることで、社運を決め得る力となることを説きます。これはまさに、「道」を備えたリーダーが立つ、君臣一体となった組織が確固不動であることを言うものです。
関東大震災の折、三越もデパートを全焼する被害に遭いました。一か月後、日比翁助は仮の販売所を立ち上げ活動を再開しますが、従業員は被災者支援のために、自主的な減給を申し出ている。震災の被害を受けていない者は存在せず、誰もが苦しい思いをしている最中のことです。石垣の如く、リーダーと部下が一体となっていたからこそできたことでありましょう。同質の逸話が、岩崎彌太郎にもありますね。「無為にして治まる」とは、まさにこのようなことを言うのです。
組織マネジメントの見本|武田信玄の事例
人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 讎は敵なり(磯貝正義、服部治則・校注『甲陽軍鑑』中巻)354頁
人口に膾炙する、武田信玄の詩になります。『甲陽軍鑑』は史料として問題が指摘されるものではありますが、主旨から外れるためここでは触れません。自身の考えと相違することなく、怨みを買うような行動は慎み、部下を大事にすることで、戦国最強と言われる組織を作り上げたのです。『名将言行録』といった史料には、それが分かる逸話が載っています。参照しましょう。
日向大和の事例
内通者のために奇襲を受け、守備していた海尻城は陥落。落ち延びる途中で、武田信玄と鉢合わせます。面目なく平伏する大和に対し、あなたならどうしますか?考えてみてください。
信玄は
- このようなことはよくある。
- むしろ無事に生還したことに満足している。
と声を掛けたことで、大和は奮起。信玄に言われるまま取って返し、大戦果を挙げたのです。たかが声掛け、されど声掛け。条件が揃っていれば、これ一つで戦局を左右し得るものであることを知ってください。
板垣信形の事例
萩原何某という者の諫言を聞かなかったがために大敗し、多くの損害を出した板垣信形。大いに後悔し沙汰を待っていました。あなたならどうしますか?考えてみてください。
信玄の言葉は次のようなものでした。
「敵の策にかかりながら全滅しなかったのは、そなたの長年の経験に因るもの。この一件で気に病むことのないように―」
あたたかい気遣いの言葉をかけられたうえ、一切罰則もなく、そのままの身分に留め置かれたのです。大和の件もそうだが、ただ厳罰を以て対処していたならば、「戦国最強」の誉はなかったに違いありません。小石から大石まで組み上げられた石垣の如く、兵卒から指揮官まで「信頼」によって一体となった「道」の影響力、お分かりいただけることでしょう。これが、組織マネジメントの土台とすべき考え方・「石垣論」です。リーダーとしてのあなたの行動も、自ずと変わってきますよ。拙著『孫子』ではもう一例、島津義弘の木崎原の戦いを取り上げていますが、これは次回にいたしましょう。
今回はここまでといたします。




