人を心服させる、リーダーシップの重要性―事例集|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑨ー3
即効性の代りに、中長期的な視点で『孫子』を取り入れよう!
先回の続きになります。拙著『孫子』は、この無敗の方程式―「彼我を知る」に主眼を置きつつ、その前提となる「五事」に焦点を当て、できるだけ多くの事例を取り上げ、その一端なりとも明らかにするように努めたいと思います。この言葉に全面的に賛同できるようになった時は、この兵法の極致にたどり着いた時です。一人でも多くの方に学んでいただき、大いに活躍することを願うばかりであります。
「即」戦力、「即」対応、「即」効性……すぐに結果が求められる時代であっても、この類の研鑽は「即」できるものではありません。速成・付け焼き刃・一朝一夕といった言葉に表される即時の利点は、その場限りという欠点の裏返しでもあるのです。堅実に身につけて進んでいく、これ以外に成立しない道であります。これを宋の范純仁曰く、
古へより人君、事功の亟(すみや)かに就らんことを欲すれば、必ず憸佞(せんねい)の乗ずるところとなる。察せざるべからず。(諸橋轍次、原田種成・著『宋名臣言行録』)187頁
(大意)古代から、君主が速やかに結果を求めると臣下は焦り、必ずそこに邪悪な輩がつけいることになる。よく知らねばならない。
中村健也の事例
これに関して、トヨタの伝説の大主査・中村健也をみておきましょう。
二代目クラウンの最終線図の出図期限も迫りながら、決め兼ねていた一部分について当面ある種の妥協をしようと主査に相談したところ、主査の答えは「時間はある」の一言であった。重ねて問い掛けても同じ言葉が繰り返し返ってくるばかりなので、ハラを決めて取り組み直し、どうにか満足できる結果に到達した。(和田明広・編『主査 中村健也』)176p

何事にも期限はつきものではありますが、ただ「納期限」にばかり言及するようなリーダーは、お世辞にも優秀とは言えません。期限に間に合わせる「だけ」を問題にするならば、それこそ「即効性」には優れるものの、質は比例する形で低下します。期限が目前に迫りながらも、中村健也は催促したり圧力をかけたりすることなく、担当者が納得・満足できる結果を出せるようにしていたことが、引用部分に記されます。中村健也が「世界のトヨタ」足らしめた、1つの完成されたリーダー像だった―小生がそのように述べる所以です。
中長期的な視点での努力の必要性を、先人たちも強調しています。彼らの言葉をみておきましょう。
大倉喜八郎の言葉
第四の要素は、成功を急がぬことである。真の成功は決して速急に達し得られるものでないから、大器晩成の覚悟を以て、失敗に挫折せず、困難に畏縮せず、遠大の覚悟を以て徐々と進む外はないのである。(大倉喜八郎・述『努力』)149頁
ただ努力すべきことを、浜口雄幸も次のように激励しています。浜口雄幸は大蔵大臣・内務大臣・内閣総理大臣を歴任し、「ライオン宰相」とも呼ばれた政治家です。外務大臣に幣原喜重郎を起用し、今日「幣原外交」と呼ばれる協調外交を推進したことでも知られています。
凡そ大業を成す者必ずしも偉人にあらず、而して偉人必ずしも生れながらの偉人にあらず、偉人は凡人の修養の結晶物であり、大業は其の偉人の努力の結晶物である。(濱口富士子・編『随感録』)126頁
(大意)大業は必ずしも偉人が成すものではなく、偉人は必ずしも生まれながらにして偉人であったわけではない。自己を修養によって高めた凡人が偉人であり、その偉人がさらに努力して大業を成すのである。
「鳴かざれば鳴かしてみせう時鳥」「鳴かざれば鳴く迄待たう時鳥」宜いか解つたか、努力は一切を解決す。努力の及ばざる所は時が之を解決す。鳴かしてみせようは努力なり。鳴くまで待たうは時なり。(前掲『随感録』)139頁
(大意)「鳴かざれば鳴かしてみせよう時鳥」「鳴かざれば鳴くまで待とう時鳥」と言われるが、これは努力で解決できないものはないことを言うのだ。人事を尽くしてなお実らなければ、時が解説してくれるのだよ。「鳴かせてみせよう」とは努力を指し、「鳴くまで待とう」とは時を指すのだ。
堅実な努力によってのみ、古典の教えは体得できる
『貞観政要』であれ『孫子』であれ、そこに説かれる教えは、ただ「努力」によって体得することができます。堅実に歩みを進める駑馬は、天賦の才を鼻にかけ、歩もうとしない千里の名馬に勝るのです。
是非とも学んでみたいと思っても、分かりやすく教えてくれるところがない―そんなお悩みをお持ちであれば、お気軽にお問い合わせください。頭の良し悪し以上に、一歩ずつでも進む者が成功を手にすることができるのです。
今回はここまでといたします。



