栗林忠道・岩崎彌太郎を事例に|最高の戦略教科書『孫子』を読む⑮
「無敗の方程式」と言える理由を、先人に尋ねよう
この兵法がなぜ「無敗の方程式」と言えるのか―ホテルオークラや大成建設を起こした実業家・大倉喜八郎に聞いてみましょう。
今日までの経験によるに、失敗の原因は何時も事業着手当初の調査の不確実、疎漏に基かざるはないのである。(大倉喜八郎・述『努力』)120頁
土木事業でも同じことで、天災地変は別として、普通なら調査さえ遺憾なく、又疎漏がなく完全でさえあれば、所謂見込違というものがしないから、自然儲かる訳であるが、如何せん調査に疎漏があった為に、時々失敗をなしたのは是非もない次第である。その他日常の失敗も亦多くは調査の不完全から胚胎する様である。(東洋経済大学資料委員会・編『大倉喜八郎かく語りき』90頁)

知るべき情報に漏れがなければ勝利も成功も必然であるが、不足があれば五分五分となることを、大倉は自身の体験から明らかにしています。抑、情報がなければ敗北も不首尾も必然となるのですが、一つ事例を見ておきましょう。
上杉鷹山の財政改革失敗
改革に反対する臣下を排除した「七家騒動」の後、上杉鷹山は本格的に財政改革に乗り出します。その一つが、漆の一〇〇万本植樹です。これは漆からロウを取り出し、専売にすることで収益化を計ったもの。ところが、時同じくして量も質も上回るハゼロウが普及し始めていたため、この計画は頓挫してしまいました。原因は明らかで、事前調査をしていなかったため。
大倉の指摘するところの「事業着手当初の調査の不確実」・「調査の不完全」であります。ロウの生産・販売に携わる者から情報を収集していれば、結果は違ったものになっていたことでしょう。情報収集に経費・手間暇を惜しんではならないと孫子が説いているのは、これがためです。情報に関して説かれている「用間篇」は後から取り上げますが、このことを『孫子』は
彼を知り己を知れば、百戰して殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戰ふ毎に必ず殆し。(天野鎮雄・著『孫子 呉子』83頁)
(大意)相手と自分自身をよく知ってかかれば、敗北も失敗もない。自分自身だけ知ってかかると、成否は五分五分となる。相手も自分自身も知らずにかかると、常に失敗と隣り合わせとなる。
と説き、蘇秦は
明主は、外は其の敵國の強弱を判り、内は其の士卒の衆寡、賢と不肖とを度れば、兩軍相當るを待たずして、勝敗存亡との機節、固より已に胷中に見はる。(林秀一・著『戦国策』中巻)722頁
(大意)明君は、予め敵国の強さを調査し、兵の多寡や練度を知る故に、戦火を交える前に、勝敗は既に決しているのだ。
と説き、蘇代は
善く事を爲す者は、先づ其の國の大小を量りて、其の兵の強弱を揆る。故に功成す可くして、名立つ可き也。事を爲すこと能はざる者は、先づ其の國の大小を量らず、其の兵の強弱を揆らず。故に功成す可からずして、名立つ可からざる也。(福田襄之介、森熊男・著『戦国策』下巻)1281頁
(大意)名将は、まず国の規模・兵の練度を調査する。だからこそ、功を遂げ名を挙げることができる。愚将は、国の規模・兵の練度を調べることをしない。だからこそ、功を遂げることもできなければ、名を挙げることもできないのである。
と説くのです。兵法書や遊説家に限ったことではありません。四書の一つ、『中庸』にも次のように教えられています。
凡そ事は、豫めすれば則ち立ち、豫めせざれば則ち廢す。(赤塚忠・著『大学・中庸』)273頁
(大意)物事は、あらかじめ必要な情報を収集していれば成功し、しなければ失敗する。
多くの歴史書・思想書のみならず、我が国の先人もまた、「情報の事前調査」の重要性を力説しています。勝敗は始まる前から決しているとは、じつにこのためなのです。拙著『孫子』の当該部分にはもう少し記述があるのですが、それは次回に分けたいと思います。
今回はここまでといたします。



