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「運」の否定|最高の戦略教科書『孫子』の兵法を読む④

都泰寛

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テーマ:孫子の兵法

諸行に天祐なし

 世に「勝負は時の運」という諺があります。勝敗は兵家の常ではありますが、「運の良し悪し」で結果が決まるという考えは謬見であり、速やかに改めなければなりません。歴史を見れば明白ですが、「時の運」が勝敗・成否を分けたためしは存在しないのです。「運が良かった」と言われる結果にも、「運が悪かった」と言われる結果にも、必ず原因があります。補足しておくと、「勝負は時の運」というのは、敗北・失敗した人に対して第三者がかける慰め・激励の類の言葉であり、当事者が述べていいものではありません。

日本海海戦の検討

 

日露戦争の日本海海戦を見ると、連合艦隊首席参謀の秋山真之からして、その勝利を「天佑と神助に由りて」と述べており、追随する者も少なくありません。例えばある書籍には、「天祐」の一つに、信濃丸が最初にバルチック艦隊を発見した際の状況を挙げています。潜行する艦隊に付随しているのだから、病院船と雖も信号灯を掲げる所以はない、掲げていたのはまったく天祐であると述べています。

天佑の正体|戦時国際法を遵守していただけ

 ところが、よくよくこの一件を検討すると、これが発生したのは午前二時四十五分頃、つまり「夜間」です。戦時国際法においては、軍用病院船もまた、夜間は保護対象であることを周知するため、照明をつけることが規定されています。つまり、バルチック艦隊付属の病院船は、ただ戦時国際法を遵守していただけであったことが分かります。「これが天祐でなくて何であろう」と当該部分を結んでいますが、何を以てこれを「天祐」と言うのでしょうか?

彼我のリーダーの優劣が結果を分ける


 結果には必ず原因があり、運の良し悪しはまったく関係がありません。日本海海戦を例に挙げましたが、バルチック艦隊敗北の大部分は、司令長官ロジェストヴェンスキーの能力不足・未熟な人格に起因する振舞いが原因です。『海の史劇』や『ツシマ』、その他この戦いを取り上げた文献を研究すれば明白でありましょう。戦時において、彼我のリーダーの優劣がそのまま勝敗・成否を分けることは、『孫子』の説くところです。同じ司令長官と雖も、

  • 部下の艦長に下品な仇名をつけるようなロジェストヴェンスキー。
  • 全面的な指揮を加藤友三郎に委ね、信任していた東郷平八郎。

これでは彼我の優劣を比ぶべくもありません。繰り返しますが、勝敗・成否に「天祐」も「神助」も存在せず、ただ彼我を知るか否かだけがあります。そもそも、「運が悪かった」で結果を片付けてしまうと、その結果を招いた原因・その対処が不明のままです。当然、「前車の覆轍を踏む」―同じ失敗を繰り返すことにもつながります。無限の改善を可能とする教え、これが『孫子』の兵法であること、よくご理解いただきたいと思います。
 この「運」について、松下幸之助の義弟にして三洋電機の創業者・井植歳男が語っています。それを参照して、今回はここまでといたします。珠玉の名言に偽りなしです。

「私は運という言葉に非常に抵抗を感じる。人間の生涯は、その人その人が自分の歩むべき道、とるべき態度を考え、選択していくものだと私は考えている。『運がいい』とか『そのうち運が向いてくるだろう』といった他人任せな、受け身な考え方や生き方を、私は厳しく拒否したい」(今井彰・著『プロジェクトX 新・リーダーたちの言葉 ゼロからの大逆転』)67頁

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都泰寛(講師)

株式会社因幡古典探究舎

漢学や古典を多様な視点からわかりやすく読み解き、ことわざや近現代の書籍、ビジネス書なども活用して講座や勉強会を開催。教養や読解力を身に付けるだけでなく、教育やビジネス、実生活に役立つ学びの場を提供。

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