組織を長久に保つ心得「居安思危」について掘り下げよう｜帝王学の教科書『貞観政要』を読む⑤ー3
『貞観政要』の肝要―君たるの道
それでは、帝王学の教科書『貞観政要』を読み進めていきましょう。古代から現代まで読み継がれているその理由が、進むごとに理解できるかと思います。斬新さや珍奇性、奇抜な現代語訳・解説はございませんのでご安心ください。ビジネスにおいてもリーダーシップにおいても、必ず役に立つことでしょう。
君たるの道｜リーダーの心構え
君道篇の冒頭の文言は、次のとおりです。
君たるの道は、必ず須く先づ百姓を存すべし。（原田種成・著『貞観政要』29頁）
これは貞観年間の初め、李世民が即位した年に、太宗自ら側近に語った言葉として記録されているものになります。リーダーたる者の心構えとして、必ず是非ともすべきこととは何か。それは、「百姓を存す」―「人を大事にする」ことだと述べられています。これは「形」以上に「心」が大事であることは、前回お話したとおりです。人を大事にせずに使い倒すのは、ちょうど自分の肉を切って食べるようなもので、満腹になることには死んでしまうと続けて説かれています。この部分について補足しますと、福利厚生や待遇などの「形」だけの場合、部下との関係性の質が異なります。
- 形だけの場合→利害関係
- 心も伴う場合→信頼関係
形だけの場合
利害関係で結ばれるのが、最も脆弱な関係性です。「金の切れ目が縁の切れ目」という格言があるように、共通の利害がある間だけ成立します。倒産などの危機的状況が至りては、沈む船からネズミが逃げ出すように、人は逃げてしまいます。それも、優秀な人材ほど。大事にされてこなかった人が、そのような状況で踏ん張り、立ち上がろうとなるはずがありません。
この故に『貞観政要』を読み、額面どおりに実践すると、逆効果となりかえって失敗につながることもあります。言動が伴ってこその本心です。成果につなげることを目的として大事にするような、さもしい心は簡単に見透かされるもの。人を大事にした結果として、大きな成果や業績として表れる―これを間違えてはなりません。古今変わらぬ、リーダーシップの原則であり鉄則です。
心も伴う場合
『貞観政要』冒頭に「心構え」を説く篇が配置されているのは、まさにこれがためです。厚い信頼関係によって立つ組織こそが、平時から危急存亡の秋まで最も力を発揮することができます。そのためには、リーダーの「心から人を大事にする」という姿勢が不可欠です。『孫子』の兵法では「五事」の1つ「将の利」として教えられるものですね。君臣一体の突破力を引き出し、如何なる困難をも乗り越える組織運営を可能とします。
島津義弘の言葉
関ヶ原合戦の後、徳川家康からの度重なる服従の催促を突っぱね続け、最後は領地安堵を約束させたほどの薩摩の名将・島津義弘。彼は次の言葉を述べています。
誠の威と曰ふは、先づ其身の行儀正しく、理非賞罰明かなれば、強て人を叱り喝す事はなけれども、臣下萬民敬ひ恐れて、上を侮り法を輕しむる者なくして、自ら威備はるものなりと。（岡谷繁實・著『名将言行録』前篇 929頁）
この言葉には『貞観政要』の帝王学が詰まっています。心から大事にされた人は、自然とそのリーダーに対して心から服します。『孟子』にはこの「心服」が度々登場し、強調されますが、それは「誠の威厳」につながるからです。上と下が互いに心から信頼し合い、信賞必罰が公正明大であることで、厳罰や高圧的な態度で叱り飛ばすことをしなくても、リーダーを軽んじたり規則を破ったりする者はいなくなります。「自然と」備わり、ある程度「無為に」して治まるのが、誠の威厳です。島津義弘は、このことを明らかにしています。
このような組織マネジメントは、経営者やリーダーが大いに興味を持たれるところではないでしょうか。組織力が試される「釣り野伏せ」の戦法や、関ヶ原合戦における「捨てがまり」「島津の退き口」といった出来事は、人を大事にする「君たるの道」を体得していた島津義弘だったからこそできたのです。単なる能力だけの話ではありません。逆に言うならば、『貞観政要』の教えを体得できているならば、同じ水準の組織力を引き出すことが可能となるのです。
帝王学の一端
まだまだお話足りませんが、『貞観政要』の「君たるの道は、必ず須く先づ百姓を存すべし」という短い一節だけでもこれくらいの教えが凝縮されています。リーダーに必要とされる・経営者やリーダー向けと言われるこの古典ですが、その一端でも感じていただければ幸いです。リーダーシップに必要な能力を高め、組織力を引き出せるマネジメントに、この中国古典の知恵を取り入れ活かしてみませんか？興味をお持ちの皆様はお気軽にお問い合わせください。
次回は、この続きからお話したいと思います。今回はここまでといたします。
拙著『人格修養のすすめ』
