トヨタ・中村健也にみる「帝王学」 ①
見極めるべき2種類の小事
今回は、『主査 中村健也』から次の言葉について見ていきましょう。
この試作1号車は、走らすべく皆が待ち構えていた車だから、この報告は直ちに主査の耳にも達した。しかし、中村主査は、泰然自若、ミスの原因さえも聞こうとされず走行準備を進めるように指示された。(和田明広・編『主査 中村健也』90頁)
初代クラウンの試作第1号車が出来た時のこと。シャシーに車輪・ハンドルをつけただけのものでしたが、試作機第1号ということで、皆の期待を背負っていました。しかし、いざ走行を開始したところ、ハンドルをきった方向と逆に曲がることが発覚。担当した技術者の凡ミスでしたが、期待を背負ったものだっただけに、轟轟たる非難が起こります。あなたが主査の立場なら、どのように対応しますか?
報告を受けた中村健也は、「ぶつかると思った方向にハンドルをきればいいだけだろう」と答え、怒りもしなければミスの原因を追求することもしませんでした。何故でしょう?技術的・物理的な問題ではないと見抜いたからです。純然たる凡ミスであり、対処を要する本質的な問題ではないと即判断したゆえに、このような答えをしたのです。
凡そ大事は皆小事より起る
大きな問題というものは、突然発生するということはありません。必ずその大事につながる小事があり、対処を怠ったがために事態が悪化したのです。西洋では「ハインリッヒの法則」と呼ばれる危機管理の法則がありますが、東洋では、それよりはるか昔から存在していました。これを、帝王学の教科書『貞観政要』に
凡そ大事は皆小事より起る。小事、論ぜずんば、大事、又、將に救ふ可からざらんとす。社稷の傾危、此に由らざるは莫し。(原田種成・著『貞観政要』72p)
このように説かれます。
大きな問題は例外なく小さなことから発生します。組織が破綻する要因は、すべてこれであるとまで断言されています。日産は再建を巡って迷走を続けていますが、「経営危機」という大事は、「看過すべきでない小事」を放置してきたツケでもあるのです。『貞観政要』に記載はありませんが、この時重要になるのが、この小事には2種類あるということです。「瑣末な事柄」と「大事に発展する燎原の火」の2種類になります。今回の事例の場合、中村健也は正真正銘「瑣末な事柄」であると見抜いたからこその無対応であったのです。
リーダーシップの要素の1つ
目の前の小事が、「取るに足らない些事」か「辺りを焦土と化す火元」のいずれになるのか―これを見極める力は、リーダーシップの要素の1つになります。些事に目くじら立てるようなリーダーは信用されず、人はついてきてくれません。これは信頼されるうえで、欠くべからざるものです。世の経営者やリーダーには、広く理解し服膺していただきたい教えになります。
今回はここまでといたします。



