トヨタ・中村健也にみる「帝王学」 ①
クラウン開発過程にみる、リーダーの資質
今回は、次の言葉をとおして、リーダーシップに関わる要素をみていきましょう。
現場ハウスで中村さんと立ち話をしている所へ、突然喜一郎社長が近づいて来られた。前例のないことで、吃驚しながら席を譲ったが、気になる。その直後にお聞きしたところ、「乗用車のことで建議書を出したんだ」と一言ポツンと返事が返ってきただけ。現場の一責任者でしかなかった中村さんが、社長に直接訴え出る大胆さもさることながら、乗用車の開発に執念を燃やしておられた社長が態々現場ハウスまで足を運んで来られたことは、余程的を射た提言に違いなく、中村さんに対する喜一郎社長の強い期待が感じられた。(和田明広・編『主査 中村健也』)57p
現在でこそ、数十万人という従業員を抱える超巨大企業のトヨタですが、当時は約6000人。それでも相当な規模ですが、そんな巨大組織の頂点にいたのが、創業者・豊田喜一郎です。そのような組織の長が、わざわざ1人の個人に会うために現場に足を運ぶ―前例があるはずがありませんね。どんなに的を射た提言であっても、身軽く動けるような身分でもないわけです。
しかし、普通のことしかしていないのに、普通でない結果がもたらされるということはありません。自身も生粋の技術者であった喜一郎は、中村健也の建議書を見てあきれ返った(※)役員とは違い、決して誇大妄想のものではないことを理解していました。国産自動車を開発し、自動車産業を切り拓く―明確な目的・ビジョンがあったからこそ、まったく同じ志を持っているであろう現場の1個人に会うために足を運んだのです。中村健也は自ら現場や責任者、技術者の元へ足を運んでいましたが、トップの喜一郎からしてこの姿勢だったわけですね。当然、周囲からの見方も違ってきます。
ビジネスにおける、トップの行動の影響
わざわざリーダーやトップが現場まで会いに来る―来られた方は士気が上がります。無論、時と場合によりますが、その行動は目をかけている・大きな期待の表れだからです。周囲からの見方も違ってくると述べましたが、「この人はすごいんだなあ」と周りにも良い影響を与えます。今回取り上げた言葉にも、それが表れていますね。人を大事に思う心は、リーダーシップを高めるうえで不可欠であり、帝王学の要です。部下や同僚との盤石な信頼関係の構築につながり、右肩上がりの勢いを引き出すことも可能になります。今回の言葉から、このようなことを学んでいただけたら幸いです。今回はここまでといたします。
※役員が呆れた理由
中村健也が提出した建議書は極めて緻密なもので、必要となる設備から金額まで計算されつくされたものだった。特に金額については当時の25億で、その時のトヨタの総利益60年分に相当。5億すら簡単には出せなかった状況を踏まえれば、役員があきれ返ったのも無理はないどころか、当然と言えば当然だろう。相手にしようとしない役員に対して「この会社にぺんぺん草を生やしてもいいんだな」と啖呵を切った中村は、役員室からつまみ出されたと伝えられる。リーダーには、この豪胆さも必要である。



