帝王学を、鈴木貫太郎の奉公十則をとおして学ぼう 6
自己の力を知れ、驕慢なるべからず
今回は鈴木貫太郎の奉公十則の8番目、「自己の力を知れ、驕慢なるべからず」をみていきましょう。このシリーズも終盤に差し掛かってきましたね。しかし、内容の濃さは変わりませんよ。
孫子の真髄
いつか出版したい、現在未出版の『孫子』でも解説していますが、この兵法の真髄は「彼を知り己を知らば、百戦して殆うからず」の一節です。その故は、事業の成否・戦いの勝敗は、これによって始まる前に決するからです。その前提となるのが「五事」ですが、ここの論旨から外れてしまうので機会があったら取り上げます。
さて、鈴木貫太郎が言うところの「自己の力を知れ」は、「孫子」の「己を知れ」に他なりません。この己の力量を知るというのは、ビジネスに限らず、人生においても欠くべからざるものです。その故は、自己の力を知らないところから、他人の職分に踏み込むという行いにもつながり、また出来もしないことを安請け合いして、自ら信用を捨てていくことにもなります。自惚れて自分の能力を過大に評価していれば、「無意識」に驕り高ぶり、周囲を侮っているつもりが逆に侮られている―これもまた、行き着く先は孤立無援です。
長平の戦いにおける趙括
事例として取り上げました、古代中国でも有名な戦いである、長平の戦い。秦の名称・白起が工作を仕掛け、交代させた趙括は、知識だけの杓子定規だったことは述べたとおりです。それだけに留まらず、総大将に任命された趙括は驕り高ぶり、部下の将兵を大事にすることはありませんでした。部下を大事に思い、接していた父・趙奢とは雲泥の差です。さらにそのうえ、自分の懐を肥やすことばかり考えていたため、行動もまたそれが反映されたものばかりでした。このような者が指揮官では、勝てる戦いも勝てません。秦将・白起、父の馬服君・趙奢、趙の宿将・廉頗といった将軍とは比ぶべくもなく、長平の戦いは、始まる前から既に勝敗が決していた、典型的なものだったことが分かるかと思います。
自己の力を知るに留まらず、高めるよう心掛けるべし
自己を分析して終わるのでは、あまり意味がありません。次は高める努力をするべきです。自己の修養はどこまでいっても、やり過ぎることはありません。ビジネスにおいても実生活においても、得をしても損をすることはないのです。慕われるリーダーを目指し、意識して研鑽していきましょう。後半部分について、もう少し解説したいところですので、また次回に―今回はここまでといたします。
漢学の大家・諸橋轍次先生の座右の銘。自己の修養に近道はない。堂々と大道を進むべし。



