もし日産の立て直しについて相談を受けたならば―
帝王学の真髄・日本型組織の底力2
前回の続き。実際の相談を想定したものは、文字起こしすると相当な長文になってしまうので今回でこの空想のコンサルティングは締めたいと思います。今回お話する「兼聴」だけで、60分は軽く経過してしまう―そんな深い教えです。
意見の集約
このような危機にあっては、広く意見を求めることが重要である。これは『貞観政要』に「兼聴」という言葉で説かれている。明君と暗君は「兼聴」するか「偏信」するかで分けられる。
兼聴とは、兼ねて聴くこと。隔てなきことを言う。企業でたとえるならば、上は幹部から下は末端の新人・事務方・技術者・工員に至るまで。取るべきは即実行に移し、愚痴や中傷に類するものは聞き置くにとどめる。役に立たない・中傷であるからといって叱責したり、否定したりしてはならない。何故「隔てなきこと」が重要なのか―
古語に曰く、「賢者に千慮の一失あり、愚者に千慮の一得あり」。単に「賢者の一失、愚者の一得」とも言う。賢者は常に正しかったり適切だったりすることしか言わない…そんなことはない。賢者と雖も、千の考えの中には1つくらい間違っていることだってあるし、愚者と雖も、千の考えの中には1つくらい的を射たものが出てくる。
専門家はその分野の深い知識・多くの経験を有しており、普段尋ねる分には問題ない。その利点の反面、柔軟さや発想力にどうしても欠けてしまうのが欠点である。視野が狭くなってしまっているからだ。
素人は逆に、深い知識もなければ経験も少ない。これは一見すると欠点だが、その分専門家ではなかなか出ない斬新な発想や、型に囚われない自由さ、また行動力が長所となる。
兼聴とは、これら専門家・素人の長短所すべてを網羅する意見集約を可能とする。では、事例を1つみておこう。
米沢藩の雄・上杉鷹山の事例
米沢藩の名君として知られる上杉鷹山。1度は頓挫した藩政改革、捲土重来を期した2度目の時のことである。改革の筆頭として行ったのが、「上書箱」の設置だ。封建体制でありながら、武士のみならず、農民や町人からも広く意見を求めた。ここには、かつて「七家騒動」(※)の反対派の1人、藁科立遠の「管見談」も含まれていた。隔てなく、とは言うは易いが、かつての敵対者まで含んでいるのは、兼聴のお手本と言える。集まった意見を検討・取捨選択し、即実行に移した鷹山の改革は成功。財政を健全化したのみならず、「米沢織」のような特産品も生まれたのである。
安藤百福の言葉
日清食品の創業者・安藤百福の言葉に、愚者の一得を表したものがある。
私はたとえ医師や弁護士であっても、専門家の言うことを鵜吞みにはしない。時には素人の発想が正しいこともある。(日本経済新聞社・編『私の履歴書』36巻)368頁
名が残っている経営者や創業者の言葉は、本人が意図しているものかは不明だが、中国古典に説かれているものが多いのは、偶然ではない。学問教養の大切さを、併せて理解するきっかけとするのがよいだろう。
危機的状況の対応策として、帝王学の原理原則に基づき、空想のコンサルティングの形で述べてみました。言葉にするとこのような分量では済まないくらい、奥が深いものになります。
個人的な願い
世の経営者やリーダーの立場にある方々、また政治に携わる方々。是非とも帝王学を体現していただきたく思います。組織の力を引き出し、危機的状況をも切り抜ける力を与えてくれるのが、この学問教養。この日産の再建という大きな出来事をとおして、興味をもってくださる方が増えることを願います。今回はここまでといたします。
※七家騒動…上杉鷹山の1度目の改革時、反対・抵抗した重臣たちを厳罰に処した事件。
上杉鷹山 肖像



