組織として動いた時の日本人が強い理由
組織力を高めるために必要なこと
如何にして人の力を引き出し、会社を成長させて業績につなげていくか―国家全体の経済成長の観点からすると、経営に携わる方のみならず、政治に関わる方にとっても永遠の課題でありましょう。今回は、国務大臣を歴任した財政の専門家・高橋是清の『随想録』から、共に講究していきましょう。
農商務省の事例
かつて農商務省という省庁がありました。今の農林水産省と経済産業省のあたりになるでしょうか。ここで人員整理が行われ、
- 高齢になって役に立たなくなった
- 無能だから
必要ないと判断されてしまった職員が相当数出たものの、馘首するのも忍びないと、対応に苦慮していたことがありました。50~60人いたと言われています。そこで前田という人物が、農商務省に第四課を立ち上げて、整理された人員をすべて引き受けたのです。高橋是清が当時を振り返り、
農商務省 馬を廃してしかを置き
という狂歌が出たと述べています。
当時、農商務省では所有していた馬を手放していたので、それを「馬を廃して」と歌ったものです。「しか」は「鹿」と「四課」をかけたもので、「馬」と「鹿」で―言いたいことはお分かりかと思います。「使えない連中を集めて何を考えているのか―」関係者の、偽らざる本音が狂歌の形をとって表れたのでしょう。ところが―
この新設された第四課に集められた「使いものにならない」はずの人達は、「君たちが必要なんだ」という本件の発起人・前田の心に感激し、指示されたわけでもないのに夜が明ける前から門の前で開庁時間を待ち、すっかり暗くなってからようやく帰宅するという尋常ではない奮起をみせました。こうして、「役立たず」しかいないはずの第四課は、大いに能率をあげたと伝えられます。
聖人は、人を易へずして治む
さて、整理された人員と、奮闘した第四課の人員は、同じ人達です。「無能な人間」を「有能な人間」と交換したわけでもないのに、何がここまで彼らを変えたのでしょうか?
古語に、「聖人は人を易へずして治む」とあります。上に立つリーダー次第で、組織の命運は分かれると常々お話していますが、分ける要素は「リーダー」です。心底大事にされた人間は、今回の農商務省の事例のように、必ず応えてくれます。つまり、「役に立たない人にするか」「最大限奮闘してくれる人にするか」は、偏にリーダーの心ひとつです。
帝王学の教科書『貞観政要』の筆頭に、君道として、まず必ず人を大事にすべきことが説かれる理由は、これがためであります。農商務省の事例と、本質的にまったく同じ事例が日本製鉄にもありますが、いつか機会がありましたら取り上げましょう。帝王学とは、このようなことを可能にする学問教養です。今回はここまでといたします。
蔵書 高橋是清・遺著『随想録』1936年発行 千倉書房版



