帝王学に資する、晏子のエピソード③
古典が明かす、人材登用論
リーダーや管理職など、人の上に立つ人材の選別は、普通の採用以上に労力を要します。現場での能力とリーダーとしての能力は別であることは、常にお話するとおりです。ただ実績だけをモノサシとするのは、中長期的な視点でみると、あまり賢明とは言えません。これについて、中国古典にはいくつか人材登用について説かれていますが、ここではその一助となる晏子の人材登用論から学びましょう。
景公の求めに答えた、晏子の人材登用論
景公が人材や賢者を求める方法について、晏子に尋ねたことがありました。それに対し晏子は次のように答えます。
- 人を観察する際には、交友関係や実際の行動を対象とするべき。
- 言葉が立派であっても、行動まで同様とは限らない。
- 他人の毀誉褒貶を基準に、人を判断してはならない。
- 順境の時、逆境の時にどんな行動をするか。
これらを日々観ることによって、リーダーにふさわしい人材を登用すべきであることを晏子は説いたと伝えられます。
戒めるべき、言葉と行動の不一致
さて、1つ1つ解説したいところですが長大な分量になってしまいますので、2つ目について簡単にお話しましょう。
言葉というものは、口を動かすだけで発することができるものです。行動が伴っていなくとも、言うだけならばいくらでも可能なことは、皆さまもよくお分かりのことでしょう。言葉と行動が伴っていないどころか、反比例しているような事例は珍しくもありません。「言行一致」―言葉と行動が一致してこそ、まことに人の信頼へとつながるのです。『論語』や『老子』にも、これについて言及が為されています。諸古典で指摘されるのも、それだけ言行が一致していないことが多いことの証左でありましょう。
「信言は美ならず、美言は信ならず」とは『老子』の一節ですが、これは「まことの言葉は必ずしも美文とは限らないし、美辞麗句だからとてそこにまことがあるとは限らない」という意味です。リーダーシップを考える際には、この教えは極めて役に立つものになりましょう。
3通りの人材
晏子は続いて、人材には3通りあることを述べます。
夫れ上士は、進め難くして而も退け易きなり。其の次は、進め易く退け易きなり。其の下は、進め易く退け難きなり。(谷中信一・著『晏子春秋』上巻)268頁
(現代語訳)
人材には上・中・下の3通りございます。上の人材とは、まず来てくれることが難しいうえに、能力も高いので、去りやすい者を言います。中の人材とは、来てくれやすい代わりに去りやすい者を言います。下の人材とは、黙っていてもやって来るうえに、能力も低いので、1度登用してしまうとしがみついて辞めさせることが困難な者を言います。
人材登用が如何に骨が折れるものか―人事に携わる方は、大いに共感できる言葉ではないでしょうか。では、下の人材は不要かと言いますと…
「どんな人間でも使いこなせなければ、一流とは言えない」
と言った人物もあるように、リーダーとして目指すべきは、このような境地でありましょう。さて、誰の言葉でしょうか?
今回はここまでといたします。
蔵書 新編漢文選『晏子春秋』



