こんな時、あなたはどう反応する?事例集1
子供の成長に与える、親の影響
歴史を俯瞰すると、子供への教育は、特に母親が与える影響の大なることが窺えます。現代でも、英才教育や習い事など、教育に熱心な親は少なくないでしょう。ところが興味深いことに、およそ名君・名将と言われるような人物に、そのような環境下で育った者は決して多くありません。高橋是清と浜口雄幸は次のように指摘しています。
又古來其職務に對して成功した人々の事績を観るに、さうした人々は心の裡に強き信念を有つて居る。苟も是なりと確信せば、千萬人と雖も吾れ行かんの強き信念を有して居る。
かうした強き信念がなければ、到底一業を終始一貫して成功の彼岸に到達することが出來ぬ。紛々たる人の毀誉褒貶を気にし、左視右顧して居るやうでは、目的を貫徹することが出來ぬ。自己の職務の上に強き信念を有し、百難を突破して勇往邁進するやうでなくては可かぬ。(高橋是清・遺著『随想録』)144頁
其の成功の祕訣を更にもう一度繰返して言つてみよう。
第一、信念の鞏固なること(以下省略)。(濱口富士子・編『随感録』)87頁
初志を貫徹することは容易ではありません。「創業は易く守成は難し」と古語にあるように、「油断」や「慢心」のために有終の美を飾ることができなかった者は数知れません。では、そのためには何が必要なのか。それを高橋是清は「強き信念」、浜口雄幸は「信念の鞏固なること」と明らかにしています。
「確固たる信念」というものは、俗に言う英才教育では培われません。ひたすら受験勉強に励み、高い偏差値の大学に入る者は多くても、名が残るほどの活躍をする者の数が比例しないのは、このためです。それは親の自然な感化によって醸成されてゆくのであります。親自身が「人格の養成、品性の陶冶」といったことがしっかり成されていることが前提なのは、言うまでもありません。
事例―岩崎美和
岩崎美和は、三菱創業者・岩崎彌太郎の母親です。逸話を一つ、取り上げましょう。
西南戦争終結後、新政府軍側の輸送を完遂し、勝利に大きな貢献をしたことで勲四等に叙せられた時のことです。実業家の受賞としては史上初ということもあり、彌太郎は得意満面になっていました。そんな様子を見た母・美和は、彌太郎を呼び、祝いとして「古びた蚊帳」を贈ったのです。さすがの彌太郎も意図を計りかねていましたが、この親にしてこの子有り―すぐに察して押し頂きました。
「今回の叙勲に舞い上がり、貧しかった時の志を忘れることなかれ―」
美和のこのような教育がなかったならば、今日の三菱は存在しなかったと言って過言ではありません。時代が変われども変わることがない、教育の本質的な在り方。教育者たる者は、これを忘れないでほしいと思います。
参考文献…岩崎彌太郎・岩崎彌之助傳記編纂会・編『岩崎彌太郎傳 上下巻』一九六七年発行 凸版印刷



