皇帝や国王だけじゃない―リーダーが身につけるべき学問。それが「帝王学」です。
物質的な待遇以上に大切なもの
春闘の時期となり、大企業では満額回答が相次いでいます。中小企業にも波及していくことが理想ではありますが、人材招致や活力を出すためには、賃上げ「が」重要ではなく、賃上げ「も」重要であります。
そもそも、賃金を「上げざるを得ない」という姿勢から適切ではありません。
・「上げたくないけど仕方なく上げる」
・「賃金上昇の余裕はない厳しい状況ではあるが、普段頑張ってくれている社員のために、精一杯上げるぞ!」
この「心」の違いが、その後の結果を分けることを理解しなければなりません。
心1つでこんなに違う
前者の場合は「俺たちのことを大事に思って…のことではないんだな」という心理となり、待遇上昇に付随する程度の効果しか出ません。
一方、後者の場合はどうでしょう。「たいへんな中、俺たちを大切に思ってくれてるんだな…」という心理となり、たとえ少額の賃上げであっても、それ以上の士気上昇の効果を得られますので、やがて業績につながっていくのです。上位者の心―これが最も大事であると常にお話しているとおりです。
学問的根拠
これを、『孟子』という典籍に曰く
食(やしな)うて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將(おこな)はざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虡拘(きょこう)す可からず、と。(内野熊一郎・著『孟子』474頁)
難しく見えますが、この文の意は、上記に述べたとおり―物質的な待遇だけでは、人は心服しませんよ、になります。
また曰く、
至誠にして動かさざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者は有らざるなり、と。(同上 259頁)
この文の意は、「真心をつくして動かない者は存在しない。上辺だけで動いてくれる者は存在しない」というもので、やはり「心の重要性」を教えたものになります。
事例
黒部第四ダム―ここの水力発電から生み出される電力は、関西の経済成長を支えました。しかし、その完成に至るまでの道程は困難を極めるものでありました。
常に死と隣り合わせの現場で、とうとう作業員たちが大挙して逃げ出したことがあったのを、ご存じでしょうか。プロジェクトは完全に挫折した―そう思われましたが、なんと逃げたはずの作業員たちが戻ってきたのです。何故か―彼らの声を聞いてみましょう。
「信頼されて配置されとるんだから、その信頼に応えるのが使命だよ。親方が見たときに、納得してもらえるような仕事を一生懸命やらにゃあ、信頼を裏切ることになるからな」(プロジェクトX制作班・編『プロジェクトX』日本放送協会 29巻 303頁)
「お金だとか、条件だとか、そういうもので仕事をする連中は、すぐに辞めていくんです。それはしかたがないことだけれども、笹島班長はお金をエサにして労働者を使う人じゃなかった。人間同士のつながりというのか、信頼関係で人を動かす親方だよね。かといって、安い賃金で働かせるわけではない。この親方のもとで働きたい、この人のもとなら間違いないと思った若者は、たくさんいたと思う」(同上 303頁)
詳細は、当該回をご覧いただきたく存じます。
信頼で結ばれる組織へ
今回も、物質的待遇以上に「心」が如何に大事な要素かをお話しました。信頼に依って立つ組織ほど、強力なものはありません。どんな困難をも突破できますし、実際にしてきました。
賃上げを一つのきっかけとして、より組織力を引き出せる体制構築を目指してみてはいかがでしょうか。